空飛ぶ馬 (創元推理文庫―現代日本推理小説叢書)/東京創元社
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もう1月も終わってしまいますね、
ついこの間正月だと思っていたのに、
もう一年の1/12が終わろうとしています。
毎日丁寧に生きていきたいと思っていますが、
なかなか難しいものです。
 
今年は1年で200冊くらい本が読めたらなぁと思っています。
そのうちの50冊は海外の古典ミステリに手を出したい。
だいたいひと月に20冊弱読めばいいんですね、
今月はクリアです。
ミステリ、ホラー以外の本も読みたいと思っているんですが、
なかなか「これだ!」っていう本に出会わないものです。
 
本との出会いは縁のようなものがきっとあると思うんです。
私が本格的に「本って面白いな」って思ったのは
大学生の時にとある芸人さんのブログで
島田荘司さんの『異邦の騎士』が紹介されていたのを読んでからでした。
今島田さんの本を読んでももちろん面白いとは思うでしょうが、
当時のように寝る間も惜しんで読んだかは疑問です。
何が言いたいのかっていうと、人には本に出会う時期があるのではないかと
思うんですね。
 
本日ご紹介する北村薫さん『空飛ぶ馬』なんですけれども、
実は3年ほど前に手にとって、数ページ読んで
面白くないなーと思って結局読まなかった本だったんです。
きっとまだ当時はこの本に出会う時期じゃなかったのかもしれません。
それから大体100冊くらいのミステリーを読んできて、
今日再び読んでみて、印象が全然違ったのには驚きました。
面白いんです。嘘偽りなく。
 
ミステリー小説が本格的に好きになって、
北村さんの成し遂げた素晴らしい業績がわかってきて、
そういう情報も助けて面白く感じているのかもしれません。
でも3年前には感じれなかった読む喜びを
今感じていることは確かです。
 
今、「なにこれ、どこが面白いの?」っていう本も
しばらく温めてみてもう一度読み返したとき
新たな感想を持つようになるのかもしれません。
 
北村薫さんはいわゆる「日常系ミステリー」の嚆矢だと言われていますね。
それから加納朋子さんや若竹七海さん、
最近では坂木司さんや、いまドラマになっているビブリアシリーズ
など多くの日常ミステリ作家が育ち、
私たちを楽しませてくれています。
 
本作は平凡な女子大生の私と、落語家の円紫師匠が繰り広げる
「円紫さんと私」シリーズの第一作目です。
なんとなく加納朋子さんの『ななつのこ』シリーズを思い出しますね。
どちらも上質で、優しくて、少し笑える。
至福の読書空間を提供してくれます。
 
以下ネタバレひとこと感想!
 
①織部の霊
 
謎:なぜ加茂先生は見たこともない古田織部が
切腹して死んだことを幼少の時に夢に見たのか?
 
円紫さんと私の出会いのお話。
文学好きおよび落語好きの心をくすぐる
楽しいネタがいっぱい仕込んであるようです。
私はどちらも疎いのでようわからんかった(´;ω;`)
 
「私」の国文学の授業を受け持っている加茂先生には
本を神経質なまでに丁重に扱う父と、
読めりゃいいだろうとぞんざいに扱う叔父がいました。
叔父が晩年に処分していた骨董品の中にあった古田織部を描いた掛け軸。
それを見て幼少の加茂先生は驚きます。
それは夢の中で切腹をした男その人だったからです。
 
加茂先生は幼少の頃、目録で古田織部の写真がのっていて、
そのページが叔父によって無造作に折られているのを見たんですね。
父によって本は何よりも大切にという教育を受けてきたので
その光景がまるで切腹のように衝撃的なもののように映ったというオチでした。
 
②砂糖合戦
 
謎:なぜ女の子たちは紅茶に砂糖を6杯も7杯も入れるのか?
 
これは加納朋子さんの『螺旋階段のアリス』に影響を与えてるのかな?
目の付け所と、ミスリーディングの仕方が上手です。
「なぜ砂糖壺から砂糖を出しているのか?」
という謎ならあまりミステリアスではないけれど、
直前のマクベスやお灸のお話によって
なぜそんなに甘くするのか?という謎に目が行くようになってます。
更に女の子の変装が重なり、謎が深まります。
 
オチはお店の人への仕返しに、バイトの子が砂糖を取り出して
塩を入れていたという可愛いものでしたが、
よく考えるとこれって本当にありそう。
日常の何気ない風景が人間の心の闇を映し出す
日常ミステリのもつ作風の広さを感じる一遍。
 
③胡桃の中の鳥
 
謎:なぜ江美ちゃんの車の座席カバーが盗まれたのか?
 
「私」のお友達正子(しょうこ)と江美の登場回。
正子さんはかっこいいねぇ(*´∀`*)
博識でウィットに富み、
ニヒリストかと思えば聖母のような優しさを持つ。
「私」も大概理想化された女性像ですが、
正子ちゃんもかなり稀有な存在です。
 
さて、円紫さんにもらったチケットを利用して
花巻温泉までやってきた「私」と正子。
ひとしきり観光を楽しんだ後に
そこで合流した江美の車に乗って帰ろうとしたとき、
その座席のカバーが盗まれているのを発見。一体何故?
 
座席のカバー=車の個性
→それを盗むことによって没個性にする
という発想はなるほどなと思いますが
そこから2,3歳児の女の子が出てくるのはちょっと飛躍しすぎ…?
しかし、安易なハッピーエンドで終わらせず、
読者に訴えかけるようなラストは
ただの日常ミステリで終わらせない作者さんの力を感じます。
 
④赤頭巾
 
謎:公園に度々いるという赤頭巾は一体何者?
 
絵本作家の夕紀子の近くの公園に、
赤い洋服をまとった少女が度々現れる。
そんな噂を歯医者でとなりになった婦人、ほくろさんに聞かされた「私」。
日常のミステリだからって安心してちゃいけないです。
そこにはぞっとするような人間の暗い部分が潜んでいます。
 
絵本の中の赤ずきんはたったひとりで狼と対峙し、食われてしまう。
そして現実の赤頭巾も狼に食べられて…。
狼と赤頭巾をほくろさんの旦那と自身に見立て、
それを世に発表した夕紀子はどんな気持ちだったんですかね。
露出狂、という表現も出てきていますが、
主張せずにはいられなかったんですかね。
 
印象的な「青味を帯びた深い緑」で描かれる赤頭巾の作者と
旦那さんとの関係を立証することは何もなく
ただの憶測だから…と幕を閉じようとしていたお話の最後で、
本当にぞっとさせられます。
旦那さんが青みを帯びた深い緑色のネクタイしてるんですね。
映像が目の前にちらつくみたいです。描写がすごい。
 
本当にこけて、「私」の目線で
目の前に揺れる鮮やかな色のネクタイを目にしたみたい。
 
⑤空飛ぶ馬
 
謎:なぜ幼稚園の木馬はいなくなったのか?
 
赤頭巾のあとということもあって、
人間の優しさを思い出させてくれるいい作品になってます。
 
子供が大好きで、サンタクロースに扮し、
幼稚園に木馬をプレゼントした酒屋の国雄さん。
その国雄さんには最近いい人ができたようだ。
 
12月21日にあったクリスマス会で
ビデオ撮影係として呼び出された「私」。
国雄からの木馬のプレゼントに喜ぶ園児たち。
しかし、木馬が贈られたその夜、
木馬が幼稚園の前から消えていたのを園児の母が目撃していた。
一体何故?
 
これは優しいすれ違いですね。
恋人がサンタに扮すると聞いて
一生懸命サンタの帽子をこしらえた国雄さんの彼女、
しかしクリスマス会を24日だと勘違いしていて
彼のもとに帽子が届いたのは21日の夜。一足遅かった。
でもそれでは彼女が残念がるというので
国雄さんは木馬を一晩だけ拝借し、
帽子と一緒に写真を撮ったのでした。
 
ええ話でした。
 
以上です。
円紫さんと「私」の関係が初々しくていいですね。
関係性で言えば私は『ななつのこ』の妹尾さんのほうが好きですが、
こちらの空気感も大変に心地のいいものです。
続編も読んでみようと思います。