眼球綺譚 (角川文庫)/角川グループパブリッシング
¥580
Amazon.co.jp


昨日はちょっと用事が入ってしまって、二冊目をご紹介できませんでした。
紹介しようと思っていたのは、綾辻さん『眼球綺譚』です。
綾辻さんの「あ」は安心の「あ」(`・ω・´)
と言えるくらい、いつもいつも楽しい読書時間を提供してくれる稀有な作家さん。
「次何読もうかな~あんまり重すぎず、でも面白いもの」と
迷ったときは綾辻さんさえ読んでおけば(・∀・)オッケー!
 
さて、この眼球綺譚なんですが、ホラーというよりかは
怪奇小説・綺譚ときどき奇妙な味と言ったほうがしっくりきます。
グロ表現は今回そんなにありませんので、
苦手な方でも楽しんでいただけるんじゃないでしょうか。
怪奇・奇妙な味小説アンソロジーには目がない私ですが、
この作品も非常に良作ぞろいです。
それぞれの話にきちんとしたオチ、
或いは言い表せぬ不気味さが有り、読む手が止まりません。
 
ではでは、ネタバレ感想行ってみよ!
 
①再生
 
大学の教え子だった、由伊と結婚した大学助教授。
二人は幸せだったが、由伊がクロイフェルト・ヤコブ病を患い、
痴呆症がひどく、どんどんと狂っていってしまう。
彼女が言うには、自分は身体を切られてもすぐに再生するのだとか。
前後不覚に陥った彼女は、誤って自分の顔を暖炉で焼いてしまう。
そこで、首から上を再生させようと首を切り落とす夫だったが…。
 
まるでプラナリアのようなお嬢さんのお話です。
普通のお話なら、死体がぐずぐずに腐って切な目のエンドで終わるところですが、
綾辻さんはそんなんでは終わりません。
首の方がどうやら彼女の本体だったようで、
首に体が生えてくるという再生の仕方をするんですね。
確かに言われればそっちのほうが自然?(再生すること自体が不自然だけれど)
 
焼け爛れた顔に、気味の悪い小さな体がくっついた由伊を
思わず抱き上げてしまう夫が印象的。
綾辻さんは畸形とか異形に対する慈しみのような心が見え隠れしていて
おどろおどろしいけれどもなんだか安心できる話が多い気がする。
 
②呼子池の怪魚
 
星新一のショートショートにありそうな話。
流産が続き、子宝に恵まれない夫婦。
ある日夫が呼子池で鮒のようだけれど全く違う、
奇妙な形をした魚を釣り上げる。
気まぐれに家で買ってみると、なんとその魚は進化をするではないか!
 
足が生えて、手が生えて、陸で生活し、
最後には繭にまで形態を変えてしまった魚。
最初は気味悪がっていた妻だが、やがて
「いつか人間になるのではないか?」と藁にもすがるような思いを抱く。
 
結局繭から、鳥類に進化して飛び去ってしまうのですが、
この上もなく清々しい気持ちになってしまうのはなぜだろう。
きっとこの夫婦は、今まで目を遠ざけていた問題ときちんと向き合い、
前を向いて歩いていける気がする。
 
③特別料理
 
きました。悪食系。(悪食系というホラージャンルがあるのか知りませんが)
最近昆虫食が話題になってますよね。アメリカの人がGを食べすぎて死んだとか。
しかし綾辻さんこれ自分で書いてて気持ち悪くないのかw
いわゆるゲテモノ料理を出すお店、『YUI』に通う夫婦。
品揃えは非常に豊富、哺乳類の脳、魚、そして虫。
 
私にはゲテモノ趣味は無いし、食べてみたいとは微塵も思わないけれど、
「今時分はゴキブリを食べた」という背徳的な興奮を感じる気持ちが
なんとなく理解できてしまうのはひとえに綾辻さんの筆力によるもの?
 
常連になった夫婦は、店主から特別料理を提案されます。
最初は寄生虫だったり、自分の排泄物だったり(これはマジで気持ち悪い!)
レベルが低いのですが、(低いか?)徐々にグレードアップ。
そう、人肉であります。驚くことにそれでもランクB。
そしてランクAは自分自身の指を食べること!
調理したばかりだから新鮮でしょ?っておいw
 
自分で自分を食べるというのは確かに不思議な感覚だと思います。
自分が生きるために自分を欠損していくバカバカしさ。
それは動物や他人の人間では味わえないまさに『特別料理』。
 
結構好きな話なんですが、
一つ残念なのは「子供欲しくない?」という話になってしまうところ。
もちろんこの夫婦は子供を食べたいがために作るのだと思うけれど、
それじゃあランクBじゃん!グレード下がってるじゃん!と思った。
もちろん自分が作り出したものを食べるのは新たな喜びがあるのかもしれないけれど、
結局は他人の肉なんだから…。
そして、食べるために殺すという一線は超えちゃいけないと思うよ。
あくまで合法的に、『嗜好』として楽しむのが味なんじゃないかなぁ…。
 
④バースデー・プレゼント
 
上記三作が綾辻さんらしいオチのあるホラーミステリーだとすると、
これはやけに印象派を狙った奇妙な味が強い。
クリスマスイブが誕生日の大学生由伊は、
誕生日の朝に見た夢を断片的に思い出していく。
 
話は、やけに現実的なクリスマス兼忘年会の話と、
夢の中で必死に訴え掛ける由伊の彼氏の話が交互に進む。
サークルの忘年会の席で、次々と誕生日プレゼントを渡される由伊だったが、
中身は人間の死体。それも自分の。
<二十歳のわたしへ、ひとつはあなたの右手を。
あなたが書いた全ての罪深い文章のために>
などというふざけたメッセージカードがついてくるんですが、
これをみんなで復唱してるシーンでなぜだかえらく感動した。
 
これ死体=私→夢の中(正しくは現実)で殺されたのが私ではなく彼氏だったという
話運びなんですが、由伊にとっては彼氏=自分だったということなのか?
サークルのみんなは彼女の幻覚か何かで、
彼女は根底では自分が死ぬことを望んでいたとか?
 
由伊が何故彼氏を殺したのかはわからないんだけれど、
もしかしたら由伊は実は電車の事故で死んでいて、
由伊視点で書かれているこのお話は実は自分が由伊だと思い込んだ
彼氏さんのお話で、(だからプレゼントは由伊の死体で)…とか?
はたまた由伊が幽霊になって出てきて道連れに…とか?
いろいろ考えてしまいます。
わけわからんけど、間違いなくこの話好きだ!奇妙な味だ!
 
⑤鉄橋
 
いかんいかん、話が伸びてきたので一言ずつ。
これ朱川湊人さんの鉄橋人間を思い出しました。全然関係ないんですけど。
女神川にかかる鉄橋には女の幽霊が出て、
であったが最後線路に誘導されて、電車に轢き殺される…。
という怪談話をして、仲間を怖がらせていた大学生四人が、
実は本当に怪異に巻き込まれるという話。
これはそんなに心には響かなかったな…。
 
⑥人形
 
実家に療養に帰った男は、そこで一つのビニル人形を拾う。
気味の悪いビニル人形を見ながら、過去の自分を断片的に思い返す男。
結局ビニル人形が男に成り代わってしまうという怪なのかな?
そして断片的な記憶は、何代目かの自分が体験した偽りの記憶に過ぎないという。
 
⑦眼球綺譚
 
どことなく詩的な、印象的な作品。
雰囲気がねーいいんですよね綾辻さん。
幼い頃に死別した母の記憶は奇妙な色の二つの双眸だけ。
そんな男、茂が、とある廃屋で書き溜めた絵を見た女。
その女の生んだ子供には不幸にも目がなく、
女はかつて茂が書いた絵を神様だと崇める。
女は茂の目を捧げて子供の目を治療しようとする。
 
こんな原稿が主人公のもとに送られてきた、
その時の子供が自分だったらしい。
そして自分も誰かに見つめられているような気がする…。
 
これぞ綺譚っていう感じです。
話しの構造は人間椅子みたいな感じかな~と思いましたが、
負けず劣らずこのオチもスッキリしていていいです。
そこにホラーのダメ押しを入れるあたりもニクい!
 
総じて。取り立てて怖くはないし、
理路整然としたミステリーを求めている人には不向きですが。
乱歩的な遊び心とおどろおどろしさ、
そして行間からにじみ出る奇妙な味の余韻に浸りたい方にはオススメ!