江戸川乱歩傑作選 (新潮文庫)/新潮社
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さて、本日は江戸川乱歩です。

小学生の時少年探偵団を読んだのが出会いだったと思います。

もっとも、当時は作者など気にせず読んでいたので、

「なんか濃ゆい挿絵のある本」という認識でしたけれども。


この傑作選も昔読んだ気がするんですが、

完全に内容を忘れていたので初心の気持ちで読めました。


乱歩そのものの作品はあまり読んでないですが、

それを元にした映画やドラマは結構見てる気がします。

『明智小五郎VS怪盗二十面相』『K-20』『乱歩地獄』

『乱歩R(マニアックすぎ?)』『三代目明智小五郎』など

その雰囲気を踏襲した現代作品は余すことなく好きです。

なので、その元ネタ知らんと失礼やろがい!と思ったので読んでみました。


ではではネタバレ感想いってみよ!


①二銭銅貨


まずどうでもいい感想ですが、

登場人物の一人「松村武」をして

カムカムミニキーナを想像した人は私だけじゃないはず!


さて、その松村さん、友人である「私」の二銭銅貨を見て、

有名な泥棒が盗んで隠してある五万円見つけたYO!となります。

点字を置き換えた暗号なんですね。さすが乱歩さん。

密室や暗号に関して造詣が深いと聞いてましたが、すごいです。

でもその暗号解決だけじゃなくて、

実は「私」が松村さんを騙すために全部お膳立てしたんだぜ!

というオチでした。ひねりもあって、上質な短編ですね!


②二癈人


さいしょ「癈人」が読めなくて、

二発人(二発の人…)を辞書で一生懸命調べてました。

もう知識レベルがマキシマムバカです。

これは二人の癈人(廃人)のお話です…。


戦争に行って顔の崩れてしまった湯治客に、

井原氏は過去の罪の告白をします。

それは、過去に自分の夢遊病のせいで知らぬ間に

人を殺してしまったというものでした。

そういう病気を立証してくれた友人の助けもあって、

無罪にはなりましたが、それで彼は一生を棒に振りました。

話を聞いた湯治客は、その友人が殺人を犯して、

井原に罪を擦り付けたんじゃないか?といいます。

そして、それは自分だとにおわせて終わります。


いいですね。これもうまくまとまってます。

もうここら辺で完全に乱歩様のファン化。


③D坂の殺人事件


明智小五郎初登場作品だそうで、

探偵は見境なく好きですので、美味しくいただきました。

表にも、裏にも監視の目があった長屋の古本屋で、

主人の女房が殺されていた。


時間もないのでオチだけ。

事件を明智と一緒に目撃した「私」は

二人の学生の犯人の目撃証言が

「白い着物だった」「黒い着物だった」と食い違っていたことと、

指紋が事件後踏み込んだ明智のものしかなかったことから、

犯人は明智だと思い込んでしまいます。

この縦縞の着物が格子で隠れて、

一方は黒に、一方は白に見えたという推理は

十分通用するんじゃないかしら。


実際は、明智さんの「人間の記憶なんてあてになんないし!」

「目撃証言内なら長屋の内部の人間が犯人だよ」

で、二件隣の蕎麦屋のご主人タイーホ。

動機はドSの本領発揮によるもの。


明智さんはスーツというイメージだけど、

このころのボサ髪に着流しのスタイルももちろん素敵!


④心理試験


ちょっと長くなってきたので手短に。

これは「D坂の殺人事件」の後日談だそうな。

金目当てに友人の大家のおばあさんを殺し、

あろうことか友人にその嫌疑をかけて

ほくそ笑む主人口蕗屋。

その罪を、心理試験によって明智さんが暴くというもの。


倒叙ミステリの一つですが、

当時ではこのタイプは珍しかったとのこと。

心理試験は「犯人しか知りえないことを喋らせる」

のが目的で、明智さんがあっという揺さぶりをかけます。


返答時間が生理反応よりも早くなっちゃうとことか、

なるほどなーと思うし、屏風の罠は

今ではよくあるかもしれないけど、うまい!と言いたくなります。


⑤赤い部屋


これ一番好きかも。

大人が本気で冗談やってるのっていいよねw

この場合は非常に悪趣味ではあるのですが。


天邪鬼な盲人に危険を教えて殺したり、

踏切をわたっているおばあちゃんに声をかけて殺したり、

飛び込みの苦手な友人をけしかけて殺したり。

そういう罪に問えない殺人を次と行った男の

告白が続きます。

乱歩はよく、現に退屈し、幻想に生きたと言われますが、

その感情がよく出ている作品ですね。


最後に自分を殺したくなったんで、

メイドさんを陥れて自殺しちゃいましたー!

という衝撃的なオチかと思いきや、それまでも嘘!

鮮やかっす…。


⑥屋根裏の散歩者


純粋なミステリーとは言えないという批判もあるようですが、

この不気味な雰囲気はそんじょそこらの人間には出せないでしょう。

退屈で退屈で、だけども鬱積していく感情を、

背徳的な行為で解消したい。

そんな乱歩自身の叫びが聞こえてくるような気がします。


トリックも事前に知らされてあるので、

倒叙ミステリーでもなさそう。

あえて言うなら密室トリックになるのかな?

ただただ、男の内面の暗さと、

明智さんの策士さを感じました。


⑦人間椅子


これはホラーの部類に入るくらい素敵な気持ち悪さ。

椅子の中に入り、座る人の身体をさわさわするのが好きな

喪男から、ご婦人の作家先生に手紙が届く。

読み進めていくうちに、自分が今座ってる椅子が

その椅子だというではありませんか!


気持ち悪い!怖い!とにかく生理的に無理!

このまま終わっても十分面白いのですが、

そこは乱歩さん、一筋縄じゃ行きません。

「実はこれ新作の小説なんですよー!こわかったっすかー?」

という追伸がくるというオチでした。

お見事!


⑧鏡地獄


これは怪奇小説の部類かな。

レンズや鏡を偏愛する男が自身の狂気に突き動かされ、

球体にした鏡に入って廃人になりましたとさ、という話。

昔嵐さんか何かの実験番組で実際に作ってましたね、

微妙に歪んだ自分の虚像が目の前にいるみたいに見えるそうです。


これは語り口が非常にいいですね!

興味→困惑→恐怖への流れが秀逸です。


⑨芋虫


『キャタピラー』として最近映画化されてましたね。

『乱歩地獄』でも須永中尉を大森南朋さんが演じてらっしゃって

どちらも印象的でした。

それだけ心底に訴え掛けるものがあるんでしょうね。


戦争で聴覚、声、四肢を失ったかつての夫を

甲斐甲斐しく世話する妻。しかしその裏には

自分でも抑えきれぬ加虐への快感が育まれていった。


単純な共感なんて出来ようもないけれど、

ふたりだけの空間、空気感がいいです。

突飛でグロテスクな設定を用いてはいるけれど、

乱歩は人間を書きたかったんだなーと思わせてくれる一篇。

(さーせん、何もわかってないくせに…)


乱歩さんの初期の傑作集ということで、

実験的な、多岐にわたる作風が楽しめました。

ここから通俗小説を多く発表することになる乱歩ですが、

その溢れ出る知性と実力が最初から備わっていたことがわかります。