5億年ボタンというホラーっぽいCG漫画(?)の世界観に
よく似ているよ~と紹介されていたので拝読。SF的奇想短編集です。
本当はもっと評価が高くてもいいのかもしれないけれど、
そうすると人間性を疑われそうなので、とりあえず★3つで。
普段は官能小説やほかのジャンルも手掛けておられるそうで、
かといってそういう描写が目立って多いわけでもないので
性描写苦手!でもちょっとグロで怪奇な話読みたい!っていう人にもお勧めです。
ではネタバレ感想行ってみよ!
①ポロロッカ
ポロロッカ現象見たことありますか?
クイズ番組の答えでよく映像が流れますが、川がゴーゴーと音を立てて
逆流していく様はインパクトがあり深く心に残ります。
作者さんもそれを見て、この作品を書くことに決めたそうで。
お金持ちのエリートサラリーマンのお家の奥さんがある日分裂。
次の週にまたその倍に、次の週にまた倍に。
徐々に勢いを増すその増加現象の原因は地球外の生命体の侵略が原因だった!
細胞が分裂する二次曲線的(っていうのか?わからぬ!)な勢いが
増殖への恐怖に駆り立てます。
ラストは地球外生命体が太陽と月の引力に適応できなかった。というものですが、
ポロロッカ現象を見てこんなアイデアをひねり出す感性は素晴らしいです。
②おてて、つないで
生物の傷口を自在に接着できる接着剤造ったよわーい!っていうお話。
目の前に突然降ってきた女の手を切り落として自分に繋いじゃうあたり
まともな神経ではないです。女の立場になったらほんと死にたいです。
でも「憐みでも情けでもいい。その感情が自分に向けば」と言わせるまでに
今まで孤独な人生を歩んできた主人公にひどく同情。
女がそれでブサメンに振り向くとは思えないが、
情というものが移ってしまうものなのでしょうか。
おてて、つないだままの二人のラブストーリーで終わりでもよかったのですが、
作者さんはさらにタイムトラベル、近親相姦をネタにもう一発やってくれます。
つまり、奥さんの孫がタイムトラベルしてきたのが実は奥さんという
タイムリープもの(?)も兼ねていたんですね。
歪んでいますが、間違いなく愛の物語ですよ。
③ドンデンの日
「ある日目覚めたら…」は作者さんの言っている通り、ドキドキしますね。
徐々に解明されていく不思議に引き込まれていきます。
本作は「ルピ」と呼ばれる薬剤を飲んで、男女の性が入れ替わる物語。
これできるようになったら楽しそうですね。
性別を変えた状態で浮気をしたらやっぱり浮気なのかな…。
夫婦の停滞期に!みたいな感じで売り出してほしい。
ルピの効果期間とハイジャックの日がかぶって助かるっていうラストなんですけれど、
もっと奥さんとのお話も読みたかったなーと思ったり。
④カンタン刑
はいきました表題作。
今まで結構いろいろなグロ描写の小説読んできたなーと思っていましたが、
今回がキングオブキングスなんじゃないかしら?と思います。
読んでいて真面目に吐き気がしてきたのってこの小説くらいなもんです。
気持ち悪さナンバーワン小説として語り継がれるでしょう。
今までゴキブリを扱ってきたホラーはいっぱいあります。
S・キングの『クリープショー』しかり、後藤ひろひとの『人間風車』しかり…
が、こんな感じで食わせたりしたのは衝撃的だったよ!
なんだよ五目炒飯って!刻んだゴキブリは五目炒飯じゃねーんだよ!ふざけんな(最大の賞賛です)
もうね、ほんと殺してくれって叫びます。無理ですこれもう。
ゴキブリだのアオミドロどぶだの砂漠だの猫だのに散々苦しめられたのに
まだ30分!っていう画期的な落ちですね。
SF界ではタブー視されているようです。夢オチってことかな?
『世にも奇妙な物語』の懲役30日の元ネタって言われてますね。
でもこちらのほうが何万倍も気持ち悪いです。生理的に無理です。
くれぐれもお食事中、虫の嫌いな方はご覧にならないほうがいいです。
⑤バックシート・ドライバー
自分の利益のために平気で殺人を繰り返す打矢のもとに、
今までに殺されたやつらが幽霊となってやってきた!
なんでも、霊界では死者の魂を献上すると優遇されるとかで、
打矢が次に犯す殺人を待っていたというのだ。
主人公の最悪な性格のために幽霊たち頑張れ!と応援したくなるが、
打矢が地球外生命体というマジチート設定により、あっけなく勝利。
⑥ルパンと竜馬とシラノと
この作者さんのSF処女作だそうで。
登場人物の行動もユーモラスで、でもちゃんとそれには理由があって、
そしてちゃんとオチもあって。きっちり作られてるなーという印象の一作。
最初はいろんな有名小説のパロディで「???」っていう感じです。
読み進めていくと。あー、そうなんだってなるかんじ。
⑦日本が眠った日
日本から睡眠がなくなってしまったことから
様々な人の生活に変化が起こる群像劇。
これは全部の小説の中でも普通だったかな…普通に面白いって感じ。
オチも「うん、そうだよね」っていう感じだったから…あんまり印象にないです。
⑧不思議の国のマドンナ
果敢に不思議の国のアリスに真っ向からチャレンジした作品。
なるほどー、こういうとらえ方もありだよねーとその味付けにも納得。
脳が?バラバラになって異星に?と思ったけれど、
虹星人っていう素敵な存在がなんだかロマンチックだったので全部許せちゃう。
小林泰三さんテイストのどれが本物の現実?どれが夢?という
足元ふあふあ感が味わえる素敵な一遍です。
⑨Uターン病
自分の命日が明確にわかってしまう恐怖ってどれほどのものなんでしょう。
そして自分が今までに築き上げてきた自分(つまり記憶や知識)がどんどんなくなって言って、
自分という存在を全く残せないままに死んでいかざるを得ないとしたら…。
至極悲劇的なお話ですね。
歳取ってくると「若いころに戻りたい!」と思いますが、
若いころにできないことを今できてるっいうことを忘れがちなんでしょうね。
今まで積み重ねてきた愛情も、何もかもをそのままの形で死にたかったエリカの感情が
とても切なく残る一遍です。
この後に長ーい(といっても非常に興味深い)あとがきがあるので
それも合わせて読まれることを強くお勧めします。
一作品ずつ作者さんがどんなことを考えて書かれているのかよくわかります。
この作者さんの作品へのこだわりは
①読みやすいこと
②面白いこと
③奇想天外なこと
だそうで。確かに読むものを選ばず、こんな読書難民の私でもすっと入り込める世界観、
感情を揺さぶる描写に、きっちりと考えられたオチ。
非常にサービス精神のある作家さんなんだなという印象です。
SFにありがちな悲しい置いてけぼりを食らうことなく、最後まで物語を楽しませてくれます。
また機会があれば(官能小説は無理ですがw)彼の他のSFも読んでみたいです。