今小松左京のショートショート全集を読んでるんですが、

読み続けていると耐性がついてきてオチにびっくりできなくなってくるので

小林先生の作品で息抜きしてみました。

ホラー作家としての認識が私の中で強い小林先生ですが、

今回は結構SF・ミステリ寄りかな?

でもお得意の「汁気の多い描写」は健在なのでホラー好きにもおすすめです。


①目を擦る女


主人公の隣に住んでいる女、秋山八美は「私を起こしてはならない」という。

明らかに起きて、話をしているのに何言ってんだこいつ?と思って話を聞いてみると

主人公のいる世界は八美の見ている夢なんだそうで、

彼女のいる世界は崩壊しきった暗黒の世界で、そこに戻りたくなければ

「私を起こしてはならない」のだとか。

ラストは世界の逆転なのか、はたまた八美の意識が主人公に流れ込んで

彼女までおかしくなってしまったのか。

窓の外に広がる黄色い空には茶色の毒の雲がたなびいている。

荒廃した世界観を書くのが非常にお上手です。好きです。


②超限探偵Σ


これがいわゆるバカミスというものなのか?

一人の驚くべき探偵Σと、その友人のところに「ありえない密室殺人」の情報が飛び込んでくる。

密室殺人はあり得ない。もしあるとしたらそれは密室でないか、殺人でないかのどちらかだ

という小林さんらしい理屈っぽいところもΣの性格をよく表しています。

オチは「こんなことやっていいの!?本格モノ書いてる人怒ってこない!?」

というびっくりするものです。


③脳喰い


解説にも書いてましたが、また汁気の多そうな題名ですこと。

もちろん想像に漏れず汁気が多いんですけどね。

どこか桃源郷を思わせるつかみどころのない空間と、宇宙船クラーク号の描写がいったりきたり。

宇宙基地A3が未知の生命体に襲われた。奴らは鋭利な爪と牙で人の脳を食らう怪物だった。

奴らの地球への進行を阻止するために彼らと対峙することになったクラーク号の乗組員、

彼らの飛行船で目にしたものは彼らが食らった脳で構成された巨大な脳みそだった。

ラストはバッドハッピーエンドともいうべきもやもや感。

地に足がつかずに落ち着かなくなる感覚はやはりお上手。


④空からの風が止む時


これジブリでアニメ化してくんないかな。っていうくらいかっこいい少女(少年?)の冒険譚。

絶え間なく吹く風と徐々になくなっていく重力に、

少女オトは三つの対策を打ち出す。

世界が円盤型で、縁を越えると落下してしまって…っていう昔の地球観がロマンをそそる。

SF読者の大好きな「少女が民族を救出するモノ」に加え、

ばっちりとしたSF的オチもつけてくれる。SF作家小林泰三の真骨頂。


⑤刻印


とりあえず高倉君。あんたは漢だよ!

「蚊」というゲーム関連で発売されたアンソロジーに収められていた作品らしい。

ある日突然自分の家のトイレに巨大な蚊が現れた。

高倉君がドアを開け閉めしたり逡巡する描写が滑稽で面白い。

エイリアンかと思っていた蚊は実は太古から来た蚊で、

彼女を愛してしまったがゆえに人間は知性を持ち、「刻印」を刻むようになった

という、SFに見せかけた純愛小説だなこれは!


⑥未公開実験


小林さんお得意の時間もの。

今生きている世界が仮想現実である証明は、その世界内ではできない。

だからそこは仮想現実でないなんて言えない。だからそこは仮想現実だ!

という無理やりだが至極まっとうな意見からタイムマスィーンの話が始まる。

もうね、これもぜひ映像化してください。深夜ドラマでいいから。どんなポーズなんだ!

電車の中で読んでて思わずわらっちまったよ。恥ずかしいよ。

時間を戻してしまうと、その世界の時間はその時点で終わり、戻った位置から再出発することになる。

だからタイムパラドックスは起こりえない。というお話。

時間への考察も素敵だが、4人の会話のリズムがとてもいい。映像化はよ。


⑦予め決定されている明日


算盤人は今日も算盤をはじき続ける。私たちの住む仮想世界を計算するために。

この作品も、私たちのいる世界は実は算盤とメモによって作り出された、

ただの計算結果なんだよ。というお話。

計算とその結果に関する考え方は非常に面白いと思った。

円周率は計算で求めることができるが、計算されたから存在するのではない。元から存在しているのだ。

計算で何かを求めるということは何かを作り出すことではない、化石を掘るようなものだ。という考え方。

算盤人ケムロ君が楽をしたいがために作ってしまったもう一つの世界のなかで、

予め決定されている(と思い込んでいる)明日を生きる諒子が不憫でならない。


うおおおお!傑作!というわけではないですが、

やはり良作ぞろい。一つも捨て作品がないです。

同じ「仮想現実」というネタをこれでもかこれでもかと味を変えフルコースにして出してくれます。

あんまり直球のSFは好きじゃないのだけれど、「空からの風が止む時」は世界観がすごくドラマチック。

Σさんはほかの作品でも出てきてくれるそうなので楽しみにしております。