筒井さんの作品は『家族八景』くらいしか読んだことないのですが、

この人のセンスは絶対に私を裏切らない!と思って読み始めた本作。

粒ぞろい作家さんたちで大いに楽しみました。

以下ネタバレ覚書。


①さまよう犬 星新一


これはNHKの星新一のショートショートを映像化しよう番組で見たことありました。

夢の中に出てくる犬と、主人公がであった男性との不思議なお話。

何が凄いって、これ一枚の絵というしばりがあって作ったお話だそうで、

ただでさえショートショートなんて難しいのに!と筒井さんも絶賛されてました。

心温まる、短さが心地よい作品。


②蜘蛛 遠藤周作


遠藤周作ってこんな話も書くんですねー!

恐怖話って話のうまい人に話してもらうと、文字で読むより何倍も怖かったりする。

この作品は実際に誰かに話されているような臨場感が味わえる。

蜘蛛の気持ち悪さは一級品。『天使の囀り』を思い出した…。


③くだんのはは 小松左京


この本はじつはこの作品目当てで借りました。

戦時中の持てるものと、持たざるもの。空気感。

これは小松さんの実体験に基づくものだとか。

件のくだりの描写は思っていたとおりの居心地悪さなんだけれど、

オチが二重に怖い。主人公は件の親になってしまったのか?そして件は次にどんな予言をするのか?


④甘美な牢獄 宇能鴻一郎


これはごめんなさい…あんまり印象ないです…。

主人公が、ある寺で牢獄に閉じ込められた男を目撃する。

男は近親相姦という畜生道に落ち、自ら進んで人の道を外れ、牢獄に閉じ込められることを望んだ。

甘美な牢獄というタイトルに似合う、退廃的な一品。


⑤孤独なカラス 結城昌治


社会から孤立した少年の歪み。

今回のアンソロジーは全編、超自然現象を排した話だけれども、

このお話が一番現実味をおびていて、それゆえ淡々とした少年の行動に鳥肌が立つ。

カラスと呼ばれた少年の鬱屈がこちらにも伝わってきて非常にブルーになる。


⑥仕事ください 眉村卓


この人は筒井さんから「サラリーマンの哀愁を描かせたら絶品」みたいな風に言われていたけれど、

この作品の主人公の疲れっぷりが見事です。絶望し、嫌世的になり…そこに現れた一人の奴隷。

奴隷はもしかしたら彼自身なのかな?奴隷としてしか生きられない自分を映しているのかな?

ラストの落ちは、トワイライトゾーンにありそうな救われない感じ。


⑦母子像 筒井康隆


これはマグリットの不条理絵画を見ているような、イメージ豊かな作品。

不気味な猿のおもちゃを買ってきたことから奇妙なことが始まる。

妻と赤ん坊が「ここではないもうひとつのここ。異次元」に吸い込まれていってしまう。

煙が本棚に吸い込まれる場面を「煙草の煙の吐き出すのを逆再生したように」って表現しているのが好き。

最後は主人公の心中察すると切ない。雰囲気良好な作品。


⑧頭の中の昏い唄 生島治郎


単調な作業が精神を蝕む。文字が頭の中を這いずり回るという描写が好き。

女の子を箱の中で愛するが、溶けてしまう。という不思議な話。

あんまり印象的ではないのだけれど、女の死体を愛してる場面は

女の死体の先にある「何か」が見えているのかなーと漠然と思ったり。


⑨長い暗い冬 曽野綾子


最初は単調な文章だなーと思っていたけれど、この雰囲気作りが

ラストの恐怖への盛り上がりには必要だったのね!と思わせる良作。

長い冬の憂鬱な空気と、救いようがない家庭のもつれ、本の乱丁…

すべてがうまくいかなくて、堆積していって、ねじ曲がって言って…

ラスト一行の救いようのなさは半端ない。結構好きな作品。


⑩老人の予言 笹沢左保


宿屋で出会った老人が昔犯した殺人の罪を告白するが…

星さん曰く「未来から来た幽霊なんて聞いたこともないよ!」だそうで。だから予言なのね。

確かに斬新な発想だと思う。奇妙度ありでグッド。


⑪闇の儀式 都築道夫


珍しく主人公が助かっちゃうパターン。

こういう冗談で言ってた話が真実味を帯びてきて実際に現れて…

みたいな話は中島らもの「こどもの一生」で経験済みだけど

この作品はその儀式の気持ち悪さ、異常さ、背徳的な性的興奮みたいな描写がお上手。

絵とリンクさせるところも映像的で読みやすかったです。


⑫追跡者 吉行淳之介


これはもう短さの勝利です。好きです。

筒井さんも表札のくだりが秀逸と言っていたけれど、そう思う。

どんぐりと山猫で金のどんぐりが普通のどんぐりになってしまった時のような切なさ、

現実から一歩足を踏み出して、また戻ってきてしまった時のやりきれなさがいい。


⑬緋の堕胎 戸川昌子


これはもともとは怪奇小説ではなく社会派の小説だそうで、

堕胎に対する医者目線、一般人の目線、降ろしに来る人目線…

様々な考え方、思惑が交差する濃厚な作品。

学生という不安定な時期に堕胎という現場に立ち会い何かが壊れていく健次郎、

復習に燃える辰子、情欲のためにそれを阻止する常子。

女流作家ってこういうドロドロした話がやっぱりお上手なのかな。


さて、感想ともいえぬ感想を覚書程度に書きました。

好みはそれぞれありますが、どれも面白かったです。

何より古さを全く感じない!今でも十分に楽しめる作品ばかり。名アンソロジーでした。