鹿児島近代文学館 向田作品 父と母へ行く
故郷の山や河を持たない東京生れの私にとって、鹿児島はなつかしい「故郷もどき」なのであろう。……四十年前の鹿児島は、遠い国であった。東京から東海道本線、山陽本線、鹿児島本線と乗りついで、二十八時間かかっている。日支事変が始まったすぐで、八幡製鉄所のそばを通過する時は、車内に憲兵が廻ってきて窓を閉めさせられたことを覚えている。それが、現在では、羽田から全日空で一時間四十五分の空の旅である。私は、四十年の歳月を、一時間四十五分で逆もどりしたような不思議な気分で鹿児島空港におり立った。

桜島フェリーから磯庭園
邦子が、磯浜の思い出として描いているのが『ぢゃんぼ』です。これは、大きいという意味ではなく、二本の棒が刺さっていることから『リャン棒』と呼ばれ、いつしかなまって名を変えたそうです。『ぢゃんぼ』は、つきたてのやわらかい餅にうす甘い醤油あんをからませた磯浜の名物で、邦子の母が好んだことから、よく食べに出かけたとエッセイに書かれています。山下さんは「昔、家族で海へ出かけると、帰りに『ぢゃんぼ』を食べるのが何よりの楽しみでした。久しぶりに食べましたけど、やっぱりおいしいですね」と、笑顔で『ぢゃんぼ』を頬張っていました。

城山直下ある 平之町 向田邦子居住地跡