『アウシュヴィッツの囚人写真家』ポーランドシレジア出身囚人カメラマン記録 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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アウシュヴィッツの囚人写真家 [著]ルーカ・クリッパ、マウリツィオ・オンニス

 ポーランドの写真家ヴィルヘルム・ブラッセ(2012年死去)のアウシュヴィッツ体験を、2人のイタリア人ライターがノンフィクション・ノベルとしてまとめたのが本書である。ナチスは、当初アウシュヴィッツへの収容者(ユダヤ人、政治犯、捕虜など)の名簿作成に各人の記録写真をとっていたが、その役を担わされたのがブラッセら写真家たちである。
 彼らは収容者だけでなく、収容所側のSS(ナチスの親衛隊)などの写真も撮影している。はからずも極限状態にある加害、被害の生と死の残酷さが浮かんでくる。「記憶を消し続ける。なにごとも記憶にとどめない。前日に目にしたことを日々忘れていく」、それがこの収容所での生きる掟(おきて)であった。しかしブラッセらが撮影し保管した膨大な写真は、消せない記録として今なお私たちの目にふれる。人間の感情とカメラの写実性とが歴史をどう伝えるか、本書はその試みの書でもある。
 アウシュヴィッツ内の非人間的な日々が、ブラッセの体験をもとに日常のひとこまとして次から次へと語られていく。監視員(カポ)の密告と暴力に脅(おび)え、SSが生殺与奪をにぎる空間の怖さに言葉がない。しかしSSの中にも、あまりの非道さに耐えられず自殺する者もいる。収容所で脅える人間を動物と変わらないとする傲岸(ごうがん)なSS将校も紹介される。カポが病に倒れても医師が治療放棄するのは当然と、読者は受け取るだろう。なぜなら、読者も反ナチの信念を曲げないで処刑される収容者の側に立つからだ。
 ユダヤ人は2週間、聖職者は3週間、一般囚人は3カ月で殺すと豪語する収容所副所長の言。一方で、ブラッセの「絞首刑にされる覚悟」での逃走と「SSのあいだでうまく立ちまわり」ながら、パンを得て生きるのとどちらがより勇気のある行為か、との自問は、この書のモチーフにもなっている。

 

ポーランド人のブラッセは、ポーランド人の母とアーリア人の父の元に生まれポーランドで暮らしていた。ドイツ軍に捕まるがアーリア人の子どもであることから、自分はドイツ人であると宣誓すればドイツ人として生きていくこともできたが、祖国はポーランドであることを捨てず、アウシュビッツに収容される。しかし、写真の技術があることから、収容所の写真班として数人の仲間とSSの指示のもと、写真を撮る作業に従事することになる。
最初のころは、収容された政治犯たちの名簿作成(という名目)の写真を撮る。しかし、写真を撮られた収容者は、その後ガス室へ送られることが決まっていた。
収容所に収容者があふれ出すとともに、写真の対象は政治犯やユダヤ人たちからドイツ軍将校たちのポートレイトや、悪名高きメンゲレたちドイツ軍の医者たちの非人道的医学実験の記録写真の撮影へと変わっていく。

いつガス室へ送られるか、餓死するか、ぎりぎりの日々の中、生き延びるられることを望み、おのれの尊厳をいかに保つかを日々挑戦し続ける。
敗戦の色が濃くなる中、証拠となる写真の処分を命じられたブラッセは、最悪の事態を覚悟して写真を残す。しかし、自身の処分を覚悟で待った朝にドイツ軍の将校たちは現れなかった。ブラッセたちは、解放されたのだ。

自由の身となったブラッセは、収容所で、ほのかな思いを抱いたドイツ語の通訳に従事していた収容者のバシカを探し、決死の思いで持ち出したバシカのポートレイト写真を持って会いに行く。しかし、ブラッセの思いとは裏腹に、バシカは渡された写真を細かく破り捨ててしまう。

極限に追い込められた人々の想像を絶する体験は、どう読んでも辛くしんどい。こんな言葉で書くことすら、後ろめたさも感じてしまう。でも、読んでよかった。人間の尊厳は、自身で守るしかないのだ。それは、収容された側だけでなく、収容した側(ナチスやドイツ軍)にも言えることなのだ。

旅で訪ねたアウシュビッツ収容所では何故こんなに写真が有るのか驚きました。

ポカの役割りが近年なって具体的に書かれるようになっていますね。

 

アウシュヴィッツの囚人写真家 [著]ルーカ・クリッパ、マウリツィオ・オンニス

 ポーランドの写真家ヴィルヘルム・ブラッセ(2012年死去)のアウシュヴィッツ体験を、2人のイタリア人ライターがノンフィクション・ノベルとしてまとめたのが本書である。ナチスは、当初アウシュヴィッツへの収容者(ユダヤ人、政治犯、捕虜など)の名簿作成に各人の記録写真をとっていたが、その役を担わされたのがブラッセら写真家たちである。
 彼らは収容者だけでなく、収容所側のSS(ナチスの親衛隊)などの写真も撮影している。はからずも極限状態にある加害、被害の生と死の残酷さが浮かんでくる。「記憶を消し続ける。なにごとも記憶にとどめない。前日に目にしたことを日々忘れていく」、それがこの収容所での生きる掟(おきて)であった。しかしブラッセらが撮影し保管した膨大な写真は、消せない記録として今なお私たちの目にふれる。人間の感情とカメラの写実性とが歴史をどう伝えるか、本書はその試みの書でもある。
 アウシュヴィッツ内の非人間的な日々が、ブラッセの体験をもとに日常のひとこまとして次から次へと語られていく。監視員(カポ)の密告と暴力に脅(おび)え、SSが生殺与奪をにぎる空間の怖さに言葉がない。しかしSSの中にも、あまりの非道さに耐えられず自殺する者もいる。収容所で脅える人間を動物と変わらないとする傲岸(ごうがん)なSS将校も紹介される。カポが病に倒れても医師が治療放棄するのは当然と、読者は受け取るだろう。なぜなら、読者も反ナチの信念を曲げないで処刑される収容者の側に立つからだ。
 ユダヤ人は2週間、聖職者は3週間、一般囚人は3カ月で殺すと豪語する収容所副所長の言。一方で、ブラッセの「絞首刑にされる覚悟」での逃走と「SSのあいだでうまく立ちまわり」ながら、パンを得て生きるのとどちらがより勇気のある行為か、との自問は、この書のモチーフにもなっている。
    ◇

アウシュヴィッツの囚人写真家 [著]ルーカ・クリッパ、マウリツィオ・オンニス

 ポーランドの写真家ヴィルヘルム・ブラッセ(2012年死去)のアウシュヴィッツ体験を、2人のイタリア人ライターがノンフィクション・ノベルとしてまとめたのが本書である。ナチスは、当初アウシュヴィッツへの収容者(ユダヤ人、政治犯、捕虜など)の名簿作成に各人の記録写真をとっていたが、その役を担わされたのがブラッセら写真家たちである。
 彼らは収容者だけでなく、収容所側のSS(ナチスの親衛隊)などの写真も撮影している。はからずも極限状態にある加害、被害の生と死の残酷さが浮かんでくる。「記憶を消し続ける。なにごとも記憶にとどめない。前日に目にしたことを日々忘れていく」、それがこの収容所での生きる掟(おきて)であった。しかしブラッセらが撮影し保管した膨大な写真は、消せない記録として今なお私たちの目にふれる。人間の感情とカメラの写実性とが歴史をどう伝えるか、本書はその試みの書でもある。
 アウシュヴィッツ内の非人間的な日々が、ブラッセの体験をもとに日常のひとこまとして次から次へと語られていく。監視員(カポ)の密告と暴力に脅(おび)え、SSが生殺与奪をにぎる空間の怖さに言葉がない。しかしSSの中にも、あまりの非道さに耐えられず自殺する者もいる。収容所で脅える人間を動物と変わらないとする傲岸(ごうがん)なSS将校も紹介される。カポが病に倒れても医師が治療放棄するのは当然と、読者は受け取るだろう。なぜなら、読者も反ナチの信念を曲げないで処刑される収容者の側に立つからだ。
 ユダヤ人は2週間、聖職者は3週間、一般囚人は3カ月で殺すと豪語する収容所副所長の言。一方で、ブラッセの「絞首刑にされる覚悟」での逃走と「SSのあいだでうまく立ちまわり」ながら、パンを得て生きるのとどちらがより勇気のある行為か、との自問は、この書のモチーフにもなっている。
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アウシュヴィッツの囚人写真家 [著]ルーカ・クリッパ、マウリツィオ・オンニス

 ポーランドの写真家ヴィルヘルム・ブラッセ(2012年死去)のアウシュヴィッツ体験を、2人のイタリア人ライターがノンフィクション・ノベルとしてまとめたのが本書である。ナチスは、当初アウシュヴィッツへの収容者(ユダヤ人、政治犯、捕虜など)の名簿作成に各人の記録写真をとっていたが、その役を担わされたのがブラッセら写真家たちである。
 彼らは収容者だけでなく、収容所側のSS(ナチスの親衛隊)などの写真も撮影している。はからずも極限状態にある加害、被害の生と死の残酷さが浮かんでくる。「記憶を消し続ける。なにごとも記憶にとどめない。前日に目にしたことを日々忘れていく」、それがこの収容所での生きる掟(おきて)であった。しかしブラッセらが撮影し保管した膨大な写真は、消せない記録として今なお私たちの目にふれる。人間の感情とカメラの写実性とが歴史をどう伝えるか、本書はその試みの書でもある。
 アウシュヴィッツ内の非人間的な日々が、ブラッセの体験をもとに日常のひとこまとして次から次へと語られていく。監視員(カポ)の密告と暴力に脅(おび)え、SSが生殺与奪をにぎる空間の怖さに言葉がない。しかしSSの中にも、あまりの非道さに耐えられず自殺する者もいる。収容所で脅える人間を動物と変わらないとする傲岸(ごうがん)なSS将校も紹介される。カポが病に倒れても医師が治療放棄するのは当然と、読者は受け取るだろう。なぜなら、読者も反ナチの信念を曲げないで処刑される収容者の側に立つからだ。
 ユダヤ人は2週間、聖職者は3週間、一般囚人は3カ月で殺すと豪語する収容所副所長の言。一方で、ブラッセの「絞首刑にされる覚悟」での逃走と「SSのあいだでうまく立ちまわり」ながら、パンを得て生きるのとどちらがより勇気のある行為か、との自問は、この書のモチーフにもなっている。
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