『サイド・トラック』(ダイアナ・ハーモン・アシャー著、武富博子訳
日本語版の副題は「走るのがニガテなぼくのランニング日記」。
あらゆる運動が苦手なだけでなく、いつもみんなに「ふみつけにされるままになって」いて、「ぜんぜん戦わない」と評された中学7年生ジョセフ・フリードマンが、その現状を脱する物語。きっかけをくれたのは、運動部にできた陸上チームに、成り行きで加わったことと、転校生の長身で俊足の女の子ヘザーによる助言のあれこれだ。・・・こんなふうに書くと、ごく普通のスポ根物語をイメージするかもしれないが、ジョセフには、ADD、つまり「注意欠陥障害」という「問題」がある。たとえば社会の授業中でも、嫌われるようなことをヘザーに言ってしまったが、どうやったらやりなおせるだろうかと考えつづけ、先生の言葉が耳に入ってこない。もっとも、これだけなら、先生の言葉を聞いていないほかの生徒とあまり変わらない。ただもう少し困ったこともある。クロスカント
リーのコースを走っていて、途中で木の根っこにつまずいて倒れると、それだけで、動けなくなるのだ。 「何があったの?」とヘザーがきいた。「あーと、転んだ。それでそのあと、気がそれちゃった、みたいだ」「気がそれた?」「そ
ういう問題をかかえてるんだ」「そう。まあ、みんななにかしら問題はかかえてるよね」本文より
あとから、ヘザーが親との関係で悩んでいると、ジョセフにもわかってくる。もっともジョセフは最初の経験でクロスカントリーがいやになり、練習をさぼり、チームを逃げ出そうと思う。するとヘザーが、10人いないとチームが存続できないこと、ジョセフがたまたまその10人目であると告げる。そこでジョセフは選択肢を検討する。走るか走らないか。痛みと失敗と恥を選ぶか、排除されることを選ぶかと。結局彼はチームにとどまる。そしてぶっきらぼうなヘザーの言葉が、からかいではなく、じつは助言だと知って(たとえばバナナにはカリウムがあるから、わき腹の痛みが抑えられる)、受け入れる。その後彼らのチームには他校とのレースが待っていた。
ADDに詳しい人がみれば、ジョセフの困難が軽く書かれすぎていると思うかもしれない。ただ、ひとくちに「問題」といっても、程度も種類もさまざまであることは確かだ。ジョセフ自身は、何かが妨げになっている生徒のためのLDすなわち「通級指導教室」でも指導を受けている。クラスのほかの生徒たちにも、それがおこなう側であれ、される側であれ、なにかしらのいじめや暴力といった問
題にぶつからずにはいられない。実際、陸上を続けるなかで、ジョセフたちのチームは、学内のアメフトチームによるいやがらせを受けるし、クロスカントリーの試合で他校の生徒から妨害を受けることもある。ヘザーも、けがで練習できない羽目になった。
けれども、たくさんの困難にあったジョセフは、いつのまにかその対処法を身に着け、逆転勝利をかちとる。少し前に、ヘザーをつきとばした他校の選手がいた。ジョセフは地元の利を活かし、コースの細いところでトレイというその選手が自分より先に行かれないように走りつづけ、ほかの選手たちにも聞こえるように「ひじでつきとばした」と糾弾してトレイをいらいらさせる作戦をとる。そし
て細道の出口にさしかかったとき、それまでと急に戦法をかえ、相手にされるがままにする。すると、「ぐいっとおされるのを感じ、角を曲がってひらけた場所に出たとたん、ぼくの体は空中に飛んだ」本文より こうして衆人環視の、わけてもトレイの学校の監督の前で、彼に明らかな違反行為をさせたジョセフは、ヘザーの仇をうつ「ミッション完了」宣言をしている。
子供時代に孫と同じ障害をもっていたおじいちゃんの初恋の話はとても面白い。