香港 旅に持っていくなら こんな本『転がる香港に苔は生えない』
深水埗を訪ねて
初めての香港は 1997年11月14日発 福岡→台北→香港→シンガポール→ジョホールバル(1998フランスワールドカップアジア最終予選のアジア第3代表決定戦をイラン代表と戦いを観戦)→シンガポール→香港(啓徳空港)→バンコク→福岡
福岡からの日本代表のツアーで香港でトランジット 香港島のビクトリアピークに観光バスで連れていかれた思い出がある。 この時、香港は中国へ返還され 一国二制度が始まったばかりだ。
本の中で
啓徳空港に降り立つシーンを星野さんはこう表現する。眼下の電柱や看板をなぎ倒し、ビルの屋上にひらめく洗濯物をひっかけそうになりながら滑走路に突っ込んでいく、あの感じ。天国でも飲んだくれていたヨッパライが雲の上から蹴飛ばされ、ポーンと下界に放り出される、そんな感じ。
中国返還前の香港で、たくましく生き、様々に悩み、見果てぬ夢を追い続ける香港の人々の素顔。著者の星野博美さんが1996年から2年間深水埗の鴨寮街で現地の人々に溶け込むように生活しながら、返還前後の香港を綴ったノンフィクション。
1997年7月1日、香港返還。その日を自分の目で、肌で感じたくて、私はこの街にやってきた。故郷に妻子を残した密航者、夢破れてカナダから戻ってきたエリート。それでも人々は転がり続ける。「ここは最低だ。でも俺にはここが似合って転がる香港に苔は生えない
著者は「子どものころから中国に興味があった。大学生で1年間香港留学もした。返還は自分にとって大事なことだと感じていたから、人から聞かされるのでなく、自分自身で体験したかった」と香港に住んだ理由を説明している。
著者が飲食店で働く美少年に興味をひかれ、なんとか彼に近づこうと努力する話。あるいは、仕事を得るために白髪を染めた中年カメラマンが仕事と一緒に若い彼女を手に入れた話。また、地下鉄に乗り込んできた家族が、幼い息子の活躍によって次々と席を確保していくありさま。返還があろうとなかろうと、たくましく暮らさざるを得ない香港人こそ本書の主役といえるだろう。
1986年香港中文大学に女子寮に住んでいた私は、放課後よく大学の脇を通る大埔道から佐敦行き70番バスに乗った。尖沙咀へ遊びに行くためだった。
その日私が乗ったバスはひたすら山を登って行った。どうやらバスを乗り間違えらしいと気づいたには、見慣れない周囲の高度に漠然と不安を感じたからだった。
二階建てのバスは山を登る。
著者が間違えて乗った 72番線に 今回の旅で乗ってみました。
山の中を走ります。
山を下りて着いたところが 香港の秋葉原 深水埗
四角の地図には啓徳空港
上の地図には 香港国際空港 これは返還へプロジェクトの始まり
ここで暮らして香港返還 体現しています。
【目次】
一九九六年八月一九日、香港時間午後一時四〇分
第1章 香港再訪
彼に何があったか、何もきいていないのね/旧友との再会/中文大学の同窓会/人民公社は修道院に似ています/移民したい女 他
第2章 深水埗
奇妙な住所/唐楼の窓から見えるもの/眠らない街・鴨寮街/清貧の挫折/四つの名前を持つ女 他
第3章 返還前夜
消えゆく植民地は金になる/香港人はなぜ住所を隠すのか/移民の街の「新移民」/誰かの気配/君と教養に満ちた会話ができないのは本当に残念だ 他
第4章 返還
俺は家族と一緒に暮らしたいだけなんだ/そして彼はいなくなった/植民地最後の夜/七月一日の夜明け/あなたはどうやって返還を迎えましたか 他
第5章 逆転
金の話/あっけらかんとした密輸/大陸と香港のはざまで/香港は日本を崇拝する?
第6章 それぞれの明日
鶏のない正月/裏返しの地図/偽物天国/シェリーの落ち着かない幸福/何となく民主的 他
第7章 香港の卒業試験
潮時/私の隣人/肖連との再会/君は最初、あの席に座っていた/再見香港
二〇〇〇年三月一五日、日本時間午前二時
世界一安い ミシュランガイドの三ツ星 点心店も 深水埗




















