著者:津村記久子
ネプタドーレ弘前、三鷹ロスゲレロス、カングレーホ大林、松江04、モルゲン土佐、桜島ヴァルカンなどが活躍する架空の二部リーグの試合に読者はなぜか一喜一憂してしまうだろう。個性が強すぎる選手、弱点がはっきりしている選手、地域色濃厚な応援、厳しい財政事情、どれもが細部まで描かれているので、私なんかは松江04の俄にわかファンになり、最後に掲載される採点表で一六位だったことに若干の悔しさを覚えたほどだ。別のチームだが、得点王の窓井草太の破天荒さは、両親のいない兄弟の関係を修復させるほどの輝きを放っている。
ただ、本書の主題は選手ではない。応援者たちだ。作者の周縁への目線はいつも静かで柔らかい。兄弟で仲が悪くなったり会社でいじめにあったり、学校に通えなくなったり、夫に逃げられたり、離婚して子どもとも離れたり、私たちの身の回りにもいる苦労人たちに、サッカー場はたくさんのものを与えてくれる。弱いチームを応援している仲間はもちろん、各地域ならではの食べものや飲みもの、そして歌も。食べて飲んで騒ぐ場所としてスタジアムが素敵に機能していることに気づかされたのも収穫だ。
登場する人間も土地もチームもみな、上でも内でも中でもなく、どちらかというと下であり外であり縁へりである。だからこそ、この作品が活写したように、サッカー場を通じて不思議な縁えんが次々に生まれていくのかもしれない。
ほら、そこのひねちゃった人。え、誰? あ、私のことか。そう、君だよ、ひねちゃってるけどさ、素直になるって、実はすごく気持ちがいい、でも、手放しの素直さって、なんか嫌だなとも、思ってる。
君なんかが素直になるには、よくできた仕掛けが必要なんだ、はい、これ。なに、この本? 素直になれる小説、不思議なくらいにね、その最大の仕掛けは、これがサッカーの観戦をめぐる十一篇の連作だということにある。ふーん、でもサッカー興味ないよ。だいじょうぶ、サッカー小説じゃなくて、日本各地の、そこそこかそれ以下の弱小チームを応援する人たちが織りなす人生のひとコマだから。じゃあ、有名なチームとかは出てこないわけね。うん、なんかとてもリアルにいそうだけど全部フィクションで、どんなチームかっていうと、さんざん点を取られた後に、ああこのまま負げっぺかとへだってる時にいきなり点が入るというあの感覚が忘れられね、というレベル。なにそれ、あんたどこの人よ。いや、あはは、これ遠野ね、つい感情移入しちゃって。
とにかくさ、いろいろあるじゃない、しっくりこない、うまくいかない、上司が嫌な奴だとか、好きな人に話しかけられないとか、そんなもつれたものを抱えた人たちが、自分たちのことはさておき弱小チームに一喜一憂する。
著者
確かに、スポーツにはそんなうっとうしい夾雑物を削ぎ落としてくれる力があるよね。そう、彼らの実生活とサッカーというゲームが?み合わされて、ゲームの世界から戻ってきたときに、こわばっていたものがほどけて、わだかまっていた息をふーっと吐いて、顔をあげて前を見る、そのまなざしを、読んでいるこっちも共有できるような気持ちになるんだ。つまり、素直になれるってこと? そう、じわーっと、なんだこれってぐらい素直な気持ちになれる、きっと、ひねちゃった君でもね。
J1リーグの目指すことで地域活性化をと目標にする地方自治体の思惑を取り込みながらチームはスポンサー獲得とファン獲得は地域の代表して戦い続けるがそこにはJ2の参加基準に達するスタジアムを持つことできそうにないチームの現実がある。
むかし、むかし、関東学生サッカーリーグのチームの追っかけをしていた時代があった西が丘で2試合続けてみていた。観客は100人ぐらいでしたね。
声援選手に直接伝わっていました。
サッカーバルセロナオリンピック予選世代の澤登正朗 (東海大学)小村徳男 (順天堂大学)相馬直樹 (早稲田大学) 名波浩 (順天堂大学)三浦文丈 (筑波大学)永井秀樹 (国士舘大学)藤田俊哉 (筑波大学) のちにJリーグで活躍する選手の大学時代のリーグ戦の試合を見続けていたことがありました。この時代読売クラブの全盛時代ラモスの率いるこのチームを国士館大が天皇杯で破る番狂わせのありました。
フランスワールドカップに10番を付けたのは名波浩 でした。
天才と言われた。磯貝や永井はワールドカップへの出場はなりませんでした。
