『ノーラ・ウェブスター』夫に先立たれた専業主婦の三年間。 「平凡な人生」のおどろくべき輝き――。 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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アイルランドの田舎町の専業主婦物語

コルム・トビーン/著 、栩木伸明/訳
 人生の大切なピースが欠けてしまった時、私たちはどうすればいいのだろう。
 舞台は1960年代終わりから1970年代初めのアイルランド。ノーラ・ウェブスター46歳、4児の母。家計を助けるために14歳半から働き始めたノーラは、教師だった夫と結婚して得た専業主婦の暮らしを、とても自由だと感じていた。だがその夫を亡くした今、彼女はどのように生きるかを問われていた。 夫を急病で失ったのは40代半ば。4人の子供がいる。貯金はない。こういう条件の母子家庭は、世界中のどこにもあるのだが、その渦中にある人間像が描かれることは少ない。当事者は、一日々々を生きるのに精いっぱいで、記録しているゆとりはない
 経済的な不安を抱え、ノーラは結婚前に勤めていた会社に再就職して、21年ぶりに事務能力を引っ張り出した。暗算や手計算に頼る時代、彼女は混乱しきった経理を整理し、上司の嫌がらせをはねのけて、自分が職場に不可欠の人材であることを認めさせる。そして夫が好まなかったために忘れていた歌う喜びをとりもどし、音楽を通じて新しい人間関係を構築していく。いつしか彼女は、新たな1日に期待しながら目覚めることができるようになっているのだった。
 作者の母と重なる主人公ノーラは、夫の死後、毎日、予告なしにやってくる弔問客に疲れて、ダブリンに移ろうかと考える。ところが、子供のときから知っている女子修道院長は、「心配ないわ……町があなたを守ってくれます」と言う。
  結婚する前に11年間働いていた、町内の会社から、再就職の声がかかる。現社長も、その夫人も、先代社長も、ノーラが若いころからの知り合いの仲だ。小さい町が守ってくれている。それは、おそらく、後になってから気づくことなのだろう。
  出勤してみると、直接の上司は、10代のころノーラがいじわるをした、まさにその女性だった。当然、お返しがはじまる。まじめで有能なノーラの像が、ここで急に活き活きとしてくる。実際に母からきいた話なのか。作者の創作か。
 と書くと、夫を亡くした女性のキャリア回復・再生物語のようだが、それほどわかりやすい話ではない。偏屈なヒロインの背後では、北アイルランド紛争が進行し、田舎町の濃密な人間関係が世代を超えて作用する。多くのエピソードが語られるが、必ずしもすべての帰結が示されるわけではない。
 本書は作者の母をモデルにした自伝的作品で、2000年から10年以上の年月をかけて執筆された。作者自身の姿は、父の死で吃音きつおん症となり、喪失感を埋めるように写真に夢中になる長男に投影されているという。慈しむよりも、距離をとることで息子の成長を促そうとした母との関係を語るには、それだけの時間が必要だったということなのだろうか。評・本郷恵子
血の日曜日 ロンドン・デリー
血の日曜日事件(ちのにちようびじけん、英語: Bloody Sunday、アイルランド語:Domhnach na Fola[1]) は、1972年1月30日、北アイルランドのロンドンデリーで、デモ行進中の市民27名がイギリス陸軍落下傘連隊に銃撃された事件。

 

14名死亡、13名負傷。事件のあった地区の名を取って「ボグサイドの虐殺(Bogside Massacre)」とも呼ばれる。IRA暫定派は、1970年からイギリス統治に対する反対運動を行っていた。軍が非武装の市民を殺傷したこの事件は、現代アイルランド史における重要な事件である。
この事件のあとダブリンの英国大使館をアイルランド市民による焼き討ち事件がおきる。
ノーラのダブリンの大学に通う娘がこの事件に参加したのではないかと心配する。
1972:ダブリンの英国大使館が破壊された
 ダブリンの英国大使館は、日曜日にロンドンデリーで13人の射殺で死亡したことに抗議する激しい群衆のデモ隊によって破壊された。
群衆は2万〜3万人と推定された。 議会ビルの近くのメリオン広場にある大使館ビルをほぼ3日間包囲していた。

父の死で吃音きつおん症となり、喪失感を埋めるように写真に夢中になる長男に投影されているという。慈しむよりも、距離をとることで息子の成長を促そうとした母との関係を語るには、それだけの時間が必要だったということなのだろうか。
ノーラはアイルランドの田舎町の母親らしく子供たちの前では力ずよく凛として生きる女性です。