『第三帝国の愛人――ヒトラーと対峙したアメリカ大使一家』
エリック・ラーソン 著 佐久間 みかよ 訳
彼女がヒトラーのテーブルに行って立ち止まると,ヒトラーは立ち上がって挨拶した.彼女の手を取ってキスをすると,何かドイツ語で話しかけた.マーサは彼をじっくり見た.「彫りの浅い,柔らかな印象の顔だった.目の下が袋状に膨らみ,ふっくらした唇で,骨張っていない顔立ち」だった.(中略)ヒトラーの視線には人を射るような強烈なものがあると聞いていたが,今,まさに理解した.「ヒトラーの目は,ぎょっとして忘れられないものだ.色は薄い青,強烈で視線を逸らさず,まるで催眠術師のようだった」.(本文より)
ヒトラーが台頭し、ナチの独裁が急速にすすんだ1930年代のベルリンを、米国大使ドッドと魅惑的な長女マーサの視点で描いたノンフィクションだ。ルーズベルト大統領が指名した大使は、シカゴ大学歴史学部教授。外交官にはめずらしく中産階級出身で、愛車シボレーと家族とともに赴任する。大国の外交官の社交の「日常」へと入っていく。
政権をとったヒトラーが長年の盟友レームと幹部らを粛清した34年の「長いナイフの夜」事件。流血の数日後、米国大使館が開いた米国の独立記念日を祝うパーティーには約300人が集まった。「まだ、生きている人の側にいるね」。オーケストラの音楽をバックに、グラスを傾けながら皮肉を言いあう。
現地では、狂気は静かに進行していた。ユダヤ人への迫害だけでなく、米国人もヒトラー式の敬礼を怠ったとして暴行される事件が相次いだ。異常を訴える大使の公電とはうらはらに、本国の最大の関心事はずっと、ドイツから借金を取り返すことだった。
ヒトラーの流れをなぜ、変えられなかったのか——。本書の問いでもある。欧州の安全は米国には関係ないとする伝統的な孤立主義だけが理由だっただろうか。自国にもあった反ユダヤ主義や黒人への差別、官僚主義など、「日常」的なことも化学反応した結果ではないか。そう思わせる発言に淡々と触れている。
ヒットラーとナチがいかにして権力を把握していく時代ベルリンで大使務めた、トッドは帰国後ヒッラーの目的は「すべてのユダヤ人を殺すことにある」と警告した。
1938年11月10日ユダヤ人大虐殺「水晶の夜のの事件」が起こる。
11月30日、シングリット・シュルツがベルリンからトットに書いた。「前から私は言っていただろう」と言う機会たたくさんあることでしょう。とはいっても、無慈悲な野蛮人と、良識派あってもそうした人々に対処できない人のの二つに世界が分かれているときに、正しくあったことはなにの慰めにもならないでしょう。私たちは破壊と略奪が起きた時の承認ですが、見たことが現実かと思っているとき、ここでは悪夢のようなことが起こりました。6月30日(「長いナイフの夜」(国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)が行った突撃隊(SA)などに対する粛清事件である。))抑圧さらに超えるものが」本文より
読み応えのある歴史ノンフィクションです。