2015年に読んだ本 ⑬から⑭ ベスト14 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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⑬『戦場のコックたち』深緑野分/著

 

 1944年、8月。ノルマンディーへの降下が、僕らの初陣だった――17歳で志願し、19歳で初めて戦場に降り立ったティモシー・コール五等特技兵こと「キッド」。背は高くて体格もまあまあ、しかし穏やかな性格で運動神経もない彼は、同年代ながら冷静で頭脳明晰なエド・グリーンバーグに誘われ、軍隊では「罰ゲーム」と蔑まれるコック兵となる。もっとも、空挺緒部隊所属の特技兵であるコックの仕事は、戦闘にも参加しつつ、その合間を縫って調理をこなすというハードなものだった。

  同じく後方支援を任務とする個性的な仲間たち――同じコック兵でプエルトリコ系の陽気なディエゴ、小柄で態度の大きいスパークと大柄で繊細なブライアンの衛生兵コンビ、調達の名人で容姿端麗な機関銃兵ライナス、おしゃべりな赤毛の補給兵オハラ、文学青年の通信兵ワインバーガーら――とともに、過酷な戦いの合間にみつけた「ささやかな謎」を解き明かそうと(気晴らしも兼ねて)知恵を出し合うが、謎を解くのは決まっていつもは物静かなエドだった。

  ノルマンディー降下後に解放したフランスの小さな村では、軍に回収されるはずの未使用のパラシュートを個人的に集めて回る兵士の目的を推理し、後方基地でのつかの間の休暇中には、一晩で消え失せた六百箱の粉末卵(すごくまずい)の謎に挑む。そして激戦をきわめたオランダの「マーケット・ガーデン」作戦のさなかに起きた、おもちゃ職人夫婦の怪死事件の解決と、残された子どもたちの面倒見に奮闘する。その後彼らは「バルジの戦い」を経て、ついにドイツへと到達する――

 本書では、タイトル通りの料理と戦争という要素だけでなく、戦場という特殊状況下での〈日常の謎〉が大きな核をなしています。じつは、担当者が最初に原稿を読んだ際に連想したのは、トマス・フラナガンの『アデスタを吹く冷たい風』でした。魅力的な探偵役のキャラクター、特殊な状況を上手く使った謎の設定の妙、それ以上に「解決」においてその特殊設定が活きてくる――この三点が共通項と言えるでしょうか。

  著者のデビュー短編集『オーブランの少女』が、時代や場所を異にしながら「少女」をテーマに描かれていたのと対照的に、ほとんど男祭りとなっていますが、戦争というテーマの重さをしっかり織り込みつつ、読み心地はさらに伸びやかですがすがしいものになっています。

戦争謎解き料理青春小説

 

 

⑭『べつの言葉で』ジュンパ・ラヒリ/著 中嶋浩郎/訳  

「わたしにとってイタリア語は救いだった」ローマでの暮らしをイタリア語で綴るエッセイ。

子供時代から、家では両親の話すベンガル語、外では英語と、相容れない二つのことばを使い分けて育ったラヒリ。第三の言語、イタリア語と出会ってから二十余年。ついにラヒリは家族を伴いローマに移住する。初めての異国暮らしを、イタリア語と格闘しながら綴ったひたむきなエッセイ。イタリア語で書かれた掌篇二篇も付す。

ジュンパ・ラヒリがイタリア語と出会ったのは学生時代。妹と二人、初めてのイタリア旅行の行き先に選んだのはフィレンツェだった。十七世紀イギリス小説へのルネサンス建築の影響について論文を書いていたラヒリは、クリスマス前のある日、夕暮れのフィレンツェに到着する。ポケットには緑色のビニールカバーのついた、小さな伊英辞典。

  それから二十年、「湖の岸沿いを泳ぐように」イタリア語を学び、恋しつづけてきたラヒリは、夫と子ども二人を伴い、二〇一二年、とうとうローマに移り住む。丘の上の家を、マイケル・エメリックさんが訪ねた 

 

 ジュンパ・ラヒリがイタリア語と出会ったのは学生時代。妹と二人、初めてのイタリア旅行の行き先に選んだのはフィレンツェだった。十七世紀イギリス小説へのルネサンス建築の影響について論文を書いていたラヒリは、クリスマス前のある日、夕暮れのフィレンツェに到着する。ポケットには緑色のビニールカバーのついた、小さな伊英辞典。

  それから二十年、「湖の岸沿いを泳ぐように」イタリア語を学び、恋しつづけてきたラヒリは、夫と子ども二人を伴い、二〇一二年、とうとうローマに移り住む。丘の上の家を、マイケル・エメリックさんが訪ねた。

 

――『停電の夜に』『その名にちなんで』『見知らぬ場所』、そして最新作の『低地』。あなたの作品の登場人物は、故国を離れ、居場所を転々として生きている人が多いですね。

  おっしゃるように、わたしは外国人や移民たちを作品のなかで書いてきました。でもわたし自身、これまで外国人としての生活を実際に経験したことはなかったんです。

――それがいまはイタリアにいらっしゃる。

  四十五歳でローマに引っ越し、突然外国人になりました。そして、長年片思いしてきたイタリア語を話しています。たとえ自信ありげにしゃべっているようでも、まちがいだらけ。理解できない言葉や物事もたくさんあります。

  いまやわたしも両親と同様に、子どもたちを外国で育てています。どうして両親の世代を描くことから自分の小説を始めたかというと、わたしには彼らのことがよくわからなかったからです。両親のことを知りたいとずっと渇望していました。ひとつの国を離れてべつの国にやってきたことは、彼らにとってどんな意味を持っていたのか。書くことによって、深く理解したかった。

  そして四冊の本を書いたあと、こんどこそ自分自身もやってみなくてはと思ったんです。わたしをニューヨークから引き離したものは、とろとろゆっくり煮え続けてきた本物の必然性だったんです。人間として、作家として、こうしなければならないと心底思った。あらゆるレベルで、外国人であるというのが実際どういうことか、いちどじかに自分で経験してみなければならないと。

  わたしにはもちろん、アメリカでの生活があります。そこで育ち、ずっと暮らしてきました。そしてインドの親類縁者たちの世界。複数の文化にふれることは、人間によりいっそうの柔軟性を与えてくれます。それは真の恩寵です。言語の面でも、英語はわたしの第一言語ではありませんでした。まず両親の言葉、ベンガル語があった。そして英語。わたしは父の勤めていたロードアイランド大学の図書館で英語の本と出会いました。図書館は、英語と本の世界、両方の入り口だったんです。それから、英語で書くことを始めました。インタビュー記事より。

  そしていまでは第三言語のイタリア語がありますが、こちらの友人とイタリア語で話していると――あなたならきっとおわかりでしょう? 英語とイタリア語よりもっと異なる言葉を話すのだから――ちがう言葉を使うと、ちがう筋肉を使い、ちがう自分になる。イタリア語だと、わたしはちがう考え方をします。ちがう反応をします。ちがう書き方になります。そうした自分の別バージョンを与えられるのはすばらしいことだと思うんです。のがたり』は本好きの読者であればあるほど楽しめる。愛の物語。

①『書店主フィクリーのものがたり』読書好きには本の中で紹介されている本を知っているかが試される楽しみがあるよ。本好きの愛の物語。②『105歳の料理人ローズの愛と笑いと復讐』はアルメニアジェノサイノ100年。コーカサスの文化だけに復習文化に生きている。祖母に教えられた料理を武器に愛と笑いで人生を生き抜く。③『ムシェ 小さな英雄の物語』スペイン内戦にバスクの疎開児童少女引き取ったベルギーの若者。第二次世界大戦中のベルギーでレジスタンスの文学青年の家族愛と友情の青春の物語のバスク文学。④『ヴァイオリン職人と天才演奏家の秘密』ヴァイオリン職人の殺人の謎をとくためにヴァイオリン&西洋芸術蘊蓄、ヨーロッパ歴史探索が楽しめる。⑤『子供時代』大人が楽しめるロシアの絵本。⑥『風の丘』南イタリア(暴力組織が地域を牛耳る世界)の風の吹く丘で暮らす家族の物語。⑦『柑橘類と文明』⑥も出てくるマフィアがレモン畑で生まれた?⑧『天国でまた会おう』終戦近い時に味方から銃撃を受けて殺されかけ兵士の復讐。⑨『ガットショット・ストレート』刑期を終え出所したばかりの運び屋“シェイク”がコケティッシュな嘘つき女“ジーナ”を救ったばかりに大金と聖遺物をめぐる奔走劇。⑩『未成年』輸血を拒む少年と悩める女性裁判官。⑪『ブラッドランド 上・下』西へ逃げても東に逃げても生き延びる事が出来ない人々がいた。⑫『つつましい英雄』マフィアに屈しない男。⑬『戦場のコックたち』戦争料理謎解き青春小説。⑭⑥と⑫は暴力には屈しない市民。⑪歴史に翻弄されて生き延びる事が出来ない。地理があった。⑭『べつの言葉で』ジュンパ・ラヒリが第三言語イタリア語で書いたエッセイ。医者の通訳 多言語社会のインドで医者の通訳する話の小説が初期のジュンパ・ラヒリの作品に在ったね。今年の一冊としての評価が高いけど。前回の『低地』方が面白いね。