ザカフカースの山歩きと タマダを探しの旅⑭バトゥミ Batsumi ジョージアンダンスを見るⅠ | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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『チャムゲのサンドロおじさん』より
「ベルシャザルの宴会」抜粋
  それはともかくとして、スターリンの民族政策の喜ばしい代表団の一人、つまりサンドロは、指導者たちの様子をたっぷりと見た後は、相変わらず拍手を続けながら、視線を食卓に移した。

宴会の食卓は、ホールを突っ切って並べられ、その先端は、豊かに実った果実に撓む二本の枝のように、枝分かれしている。白いテーブルクロスの涼しげな白さを背景に、料理の皿が心地よいコンストラストを成して際立っていた。

七面鳥が茶色い胡桃ソースの中で背中を丸め、ローストチキンが食欲をそそる淫らな姿で裸の尻を突き出している。鉢には、果物、キャンディー、クッキー、ケーキが色とりどりに咲き乱れ、内なる炎熱に焼かれたように、ぱっくりと口を開けた石榴は、宝石のびっしり詰まった罪深い洞穴を覗かせていた。

グリーンサラダは青物の花壇が、まるでたった今、雨に洗われたように煌いている。古来のアブハジアの調理法によってミルクで煮た子羊は、失われた柔和さの面影を何処となく今も穏やかにとどめているが、これとは反対に、焼いた子豚は、何やら悪鬼的陽気さを湛えて、剥き出した歯を食いしばって深紅の赤蕪を咥えている。

どの葡萄酒の瓶も、隣には、用心深く看護兵の如く、ボルジョム鉱水の瓶が控えていた。葡萄酒の瓶には、ラベルが無い。おそらく、土地の酒蔵のものだろう。サンドロは、香りで、それがルィフヌィ村「イザベラ」であることを嗅ぎ当てた。

食卓のでは、各自が好きなものを好きなように食べていた・・・

食卓の主席には、ネスルト・ラコバが座っていた。彼の横には明るい白い斑点のついた大きな角型の杯が置いてある。宴席の権力者のシンボルだ。

彼の右にスターリンが、その先にはカリーニンが座っている。ラコバの左にいるのは、彼の妻色の浅黒いサリアで、その隣は、リベアの妻、美人のニーナである。その向こうでは、ヴォロシーロフが、白雪のごとき詰襟軍服の上に帯剣用革帯を身に付け、ピストルを腰に差した一際目立つ姿で座っている。テーブルの両側のヴォロシーロフとカリーニンの先には、サンドロの顔を知らない、二流の指導者達がずらりと並んでいた。

拍手が止んだ。

「親愛なる指導者と、お客様」とパンツラヤが始めた。「私ども、ささやかなるアブハジア歌舞団は、ネストル・アポロノヴィチ・ラコバの個人的発意により組織され・・・・」

サンドロは、この瞬間、スターリンがラコバを見て、こずるそうな笑みを口髭の辺りに浮かべ、これにラコバがはにかむように肩を竦めて応じたのに気づいた。

「・・・・これからお目にかけますのは、アブハジアの民謡と舞踊、また、カフカーズ諸民族の友愛に満ちた家族歌と舞踊でございます」

パンツラヤは、高貴な客人に対して、これから背を向けねばならぬことをあらかじめわびる様に、深々と頭を下げた。

・・・・凍りついてぴたりと動かなくなった。

「オー、ライダ、シウア、ライダ、エイ」ハズマが、深い峡谷のそこからでも響くような、長々と伸びる声で歌いだした。

それに続いて、白い袖の振りに合わせて、コーラスが古の歌を唱和する。その歌は、言葉少なに語っているーー戦いから無事に戻れるのは僅か。懐かしい故郷の窯に火を再び目にする者は僅か・・・・。

そして死した若者が鞍に横たえられて、父の家の中庭に乗り入れると、母の慟哭に、馬は身を震わせ、死者の遺体も揺らぐ。

けれども、父は叫ばず、兄はなかぬ。男は復讐を遂げた後、初めて涙を流す権利を得るものだから

これぞ運命のわざ、男の運命。

女が熟するのは、男を生むため。

男が熟するのは、勇気を生むため。

葡萄が熟するのは、葡萄酒を生むため。

葡萄酒が熟するのは、勇気を湧かせるため。

歌が熟すのは、踊って進軍を思い出させるため。

次第に旋律は、リズムのエネルギーに移行し、歌そのものは、ちょうど戦士が戦いの前にするように、余計な衣を脱ぎ捨て、身を引き締まらせてゆく。

サンドロは、陶酔の高まりが迫り来るのを感じ、歌が自身の血液の中に流れ込み、今にもそれが踊りとなって、そこに篭められた誓いを遂行しそうだ、と感じた。

コーラス隊は、既に手を打ち鳴らしていたが、相変わらず極限まで絞り込んだ旋律も口ずさんでいた。今は全エネルギーは、打ち鳴らす手のリズムに傾注されていたが、踊りはまだ熟しきってはいない。それゆえに旋律のとろ火の上で温め続けなければならないのだ。

「オ、ライダ、シウバ、ライダ」コーラスは繰り返す。パン、パン!パン、パン!歌の中から踊りを引き出そうと、団員たちは依然として手を打ち鳴らし続ける。

パン、パン!パン、パン!ここで綱を引き千切って無鉄砲な馬のごとく跳びだしたのが、パタ、パタラヤだ!それが、不意に疑然と立ち尽くす。ぴんと爪先立って、今にもさっと舞い上がり敵の隊列に突っ込んで行きそうな矢のようだ。しかし、最後の瞬間、パタは決心を翻し、狂ったようにぐるぐると猛烈な勢いで回転し始める。何処か突撃したいという、戦士の飽くなき乾きを、その回転で癒そうとするかのように。

サンドロ・チョゲムスキーが飛び込んで来た!・・・・・・ついには、旋回するプロペラのごとく半透明になっていく。回転を繰り返すことで、飽くなき戦闘」
 


ジョージアダンスはジョージアの人々にとってアイデンテティーの象徴であります。
ダンスが民族の歴史を物語りからなっているからでしょう。「ベルシャザルの宴会」ではもちろんアブハジアの舞踊団の踊りでありながら。カフカスの踊りでもあります。



2015年版のジョージアダンスです。 おじさんが生で見たのと同じ構成です。You Tubuより  画像とダンスについてはバトゥミ Batsumi ジョージアンダンスを見るⅡに続きます。