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「ヌードルの文化史」を読んで おじさんが食べた世界の麺
クリストフ・ナイハード「ヌードルの文化史」柏書房 シドラ房子訳 

【どんな本?】
 イタリアのスパゲッティやマカロニ、ベトナムのフォー、中国の坦々麺や餃子、タジキスタンのラグマンとマンティ、そして日本の蕎麦・うどん・ラーメン。手軽で庶民的で、世界中で愛されている、でもイマイチ高級料理にはなりきれない麺料理。中国人女性と結婚し東京に住むスイス人の著者が、ユーラシア中を駆け巡り、麺のルーツを探る…つもりで、実は美味しい麺を東京の小学校に通う娘さんと一緒に食べ歩く。
 序章 ヌードル四千年の歴史
第Ⅰ章 ヌードル文化九つの舞台
第Ⅱ章 麺と小麦
第Ⅲ章 ヨーロッパのヌードル
第Ⅳ章 アジアのヌードル
終章 ヌードルを超えた食文化
 訳者あとがき/引用文献・参考文献/麺・ヌードル料理索引
 書名には「ヌードル」とあるが、扱っている食品は相当に範囲が広い。形状では細長いスパゲティやうどんはもちろん、マカロニも扱うし、ラビオリや餃子のように「皮で具を包んだもの」も扱っている。原料では、小麦が最も多いが、米・蕎麦・ジャガイモなど穀物全般ばかりか、名前だけだがイカそうめんも出てくる。「パスタ」や「ヌードル」や「麺」って言葉の定義って、なんだろうね。
 麺のルーツ、著者は、麺の広がり方を見れば、人の交易の歴史がわかるというほどだ。本書によれば、麺の起源はメソポタミアという説が濃厚であるそうだ。現在のシリアまたはイラクかアフガニスタン北部あたりである。その歴史の始まりは、旅行者の携帯食であったという。それがシルクロードを通じて世界各国に広まったのである。
 東洋で最も普及している食器の箸も、麺と関係が深い。「箸は麺料理のために発明され、麺料理とともに伝播した」。傍証として「ヌードルが伝わった地域と箸が伝わった地域は重なり合っている」。確かにインドじゃ素手で食べる。じゃ、なぜ箸が必要か。出来立てのラーメンや餃子を素手で食べてみりゃ分かる。下手すりゃ火傷しちゃうでしょ。
 ユーラシア中といっても、偏りはある。西洋で主に扱っているのはイタリア、それもナポリ。こちらもフォークを使うようになるのは最近で、路傍に屋台が出てて、「一部の人は買ったその場で、しかも手づかみで食べた。旅行者の報告によると、二十世紀に入ってもそのような状態だったらしい」。当時のファーストフードだったわけ。
 ソースは…というと、「おろしチーズをかけて食べた」。今、イタリア料理に欠かせないと思われてるトマト、「マカロニの出会いは、十九世紀の後半になってから」。意外と新しい。ゆで方も、アルデンテは最近。
 ルネッサンスの時代には、マカロニを脂っこい鶏や豚のスープでゆで、断食期間にはアーモンドミルクでふにゃふにゃになるくらい柔らかく煮た。アルデンテというゆで加減が登場するのはムッソリーニの時代だ。
 イタリアじゃパスタは前菜って扱いだけど、「パスタさえありゃ他に何もいらない」って人もいるようで。骨董品屋を営むジョヴァンニ君、昼食は家族と家で取る。
「オレはセコンドなんかなくたっていいんだ。パスタでじゅうぶん。イタリア人はどのみち食いすぎだしな。レストランで大皿いっぱいのパスタをもらうだろ。あれだけで腹いっぱいになる。だけどうちじゃオレに発言権ないから」 イタリアの台所と食卓は女性が独裁している模様。
 ナポリに対し、東洋で中心を占めるのは江戸と西京。この3つの共通点は、出稼ぎ労働者が多いこと。「ヌードルは都会っ子」と著者は言う。独身男性の多い都市では、外食が発達する。例えば江戸、「1804年の公式な報告によると6165店の食堂が営業していたというから、住民170人に一軒の割合だ」「さらに麺料理を売る露天が多数あった」。
 なぜソバか。「ソバの実は11週間あれば成熟する」。一般に日本のソバの産地は山間部が多い。ソバぐらいしか作れない土地なわけ。おまけに「蕎麦には栄養を維持するために必要な栄養素がすべて含まれている」。だもんで、蕎麦の「ざらざらした茶色の麺」は、うどんより粗野なもの、という扱いを受けた。今でも関西ではそうらしい。
 パスタの表面のざらつき具合は重要で、なめらかすぎるとソースが巧くからまない。昔の落語などで江戸っ子が蕎麦をすするとき、つゆを少ししかつけないのは、今より表面がざらざらしていた為かも。イタリアでも同じで、パスタ製造用のダイスはブロンズを使う。「パスタの表面が粗くなるから」。
 最近、よく見るスープパスタ。これ、新しいのかと思ったらとんでもない。「ジェノヴァ出身の経済史家・作家のジョヴァンニ・レボーラによると、スープパスタはイタリアで最も古くからあるパスタの調理法」。一般にナポリはスープ以外、ジェノヴァはスープという構図の模様。
 中国の山西省は、著者の奥さんの実家がある。著者はここで(中国の)正月に奥さんの家族と餃子を作る。
 おばあちゃんが具をこしらえ、お母さんが生地を延ばして丸く切る。それを二人の娘がはがし取ると、従妹が具をのせる。おばさん、おじさん、子供たちが代わる代わるにそれを受け取り、半分に折って縁をぎゅっとあわせる。一緒に餃子をつくるのは、多くの中国人にとって一緒に食事をするよりも親密な行為なのだ。
 
 他にもベトナムのフォーの作り方、オーバーバイエルン地方が夏至祭りに九草ヌードルを食べるという七草粥に似た習慣、タジク族の麺への執着「タジク族が結婚すると、花嫁は式の翌朝に生地づくりの腕前を見せなければならない」、そして日本の即席ラーメンの元祖である安藤百福の話など、美味しい話がたっぷり。面白 い。
マルコポーロが中国からパスタをイタリアに持ち帰ったと言うのは間違いらしい。12世紀ジェノバでは乾麺のパスタが食べられていがから。
ヨーロッパのユースホテルの調理場で作る夕食の料理は決まってパスタですね。
レトルトのソースをかけて食べる人が多いね。ニュージーランドで10日間トレッキング中毎食インスタントラーメン2個で済ませるヨーロッパの青年がいましたよ。
麺の保存食であったので世界に広がったのでしょうね。今でもイタリアのパスタは世界中に輸出されています。


おじさんが食べた 世界の麺類 

海外で一番多く食べるのはカルボナーラです。
ニューヨークやロンドンのイタリア料理店では旨いのが食べられますが、東欧やドイツ語園の国では茹ですぎでソースが固まりすぎているのが多いね。フォーは朝食にピッタリの軽さだよね。ピロシキなどは、モンゴル来襲の後に残った料理かもね。

①イタリア トリエステのレストランAl Barattolo で食べたカルボナーラ。パンチェタの塩味がソースと合って美味しかった。 

②キルギスのカラコルで日本のうどんと同じような麺料理を食べました。ラグマンいうキルギスのうどん。日本のうどんよりコシがなくやわらかい。  
 

③ベトナムの北東部バクハーの少数民族の市場 フォーの屋台が沢山ならんでいたよ。燃料はマキだ。スープは濃い味 調味料を加えて自分の味付けにする。  
   
 
 

④ワルシャワのピロシキポーランド風餃子が美味しいレストランは旧市街の近くにある。 pyszne pierogi restauracje w Warszawieとう言うお店です。 
 

⑤台湾台北の小籠包 ホテルのスタッフ お勧めの「鼎泰豊」で名物の小籠包 東門すぐ。  
 

⑥台湾の台北 水餃子 東門餃子館ここは、歴史のある餃子の専門店。東門駅からすぐ。とにかくあつあつ。皮がうまいね。 

⑦立会川 吉田家 旧東海道沿いあるそばの名店は幕末の志士たちも常連だったといわれている。おじさんはここの温かい掛けそばが好きだ。  
 

どれが、食べたいですか?