画文集 『バウルの歌』 秋野不矩 持って インドを旅する。㉒『病気の通訳』 | ・・・   旅と映画とB級グルメ と ちょっと本 のブログ

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 夜行列車は本が読めるから退屈しないね。

 

 

 ホテルを出る

 

短編集『停電の夜』に収録された作品『病気の通訳』 ジュンパ・ラヒリ著

 

 

プリー観光 コナーラクとウダヤギリとカンダギリの丘へインド系アメリカ人の家族を乗せるタクシー運転手。

 プリーの海岸 
  
  
  
 
  

  
  
  
  コナーラクへ向かう
  
  
  
  
  
  
  
  太陽神
  
  外国人料金で250ルピー
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
  
 

これから太陽神の寺院を見にコナーラクへ行くところだ。晴れた土曜日。絶え間ない海風のおかげで、七月半ばの熱気もしのぎやすい。観光にはうってつけの日和だった。いつもの運転なら、こんなに早い小休止はしない。ところがけさはホテル・サンディ・ヴィラこの家族を拾ってから、ものの5分もたたないうちに、小さい娘さんがぐずり始めた。(病気の通訳本文より)

カパーシーは、普段は病院で患者の通訳(ヒンディー語、ベンガル語、オリヤー語、グジャラート語、英語。自分の息子の腸チフスの医療費が膨らむのをまかなうため英語教師をしていたカパーシーはいわば物々交換として医者の患者の通訳を引き受けた。ことから病気の通訳が始まった。)をしているが、週末にはタクシー運転手として、旅行者を観光スポットに案内している。今日の客はダス一家。見た目はインド人の一家だが、聞くと全員アメリカの生まれ。一年おきぐらいにインドに里帰りをしているという。

子供たちは野生のサルを動物園以外で見たことがなかったので、旅案内をしている最中も道の所々でサルに出くわすと、きゃっきゃとわめきっぱなしだったが、子供たちの両親といえば、交わす会話がどれも上手くかみ合わず、特に夫人は退屈ぎみ。彼ら夫婦の会話を聞いていると、二人の関係は良くないようだとカパーシーは感じた。彼が直感的にそう思ったのは、それが彼自身と妻との関係と似ていたからだ。

しかし、ふとしたことがきっかけで、カパーシーが普段従事している通訳の仕事のことを話すと、ダス夫人がいきなり興味を持ち始め、あれこれ聞いてきた。病院の通訳をしていることについてカパーシーの妻はあまりよく思っていなかったのに対し、ダス夫人が興味を持ってくれたことは、ダス夫人に対して彼に好意以上のものを抱かせた。

普段は早く仕事を済ませたいと思うのだが、今日に限ってはなるべく仕事の時間を延ばしたいと考えるカパーシー。それはみんなダス夫人と少しでも多くの時間を共有したいと思ったからだ。そのため、いつもならもうホテルに送るという時間になっても、“良かったらもう一ヶ所足を延ばしませんか”と言ってしまう。

ガイドブックを片手に乗り気のダス氏に対し、あまり気乗りしないダス夫人。子供たちのリクエストもあって、結局は行くことになったのだが、現地に到着して、ダス氏や子供たちが険しい道を歩き出しても、ダス夫人は車を降りようとしなかった。

カパーシーは“私もあっちに行く”と言って外に出ようとしたのだが、その時、夫人は思いもしなかった打ち明け話を、彼にするのだった。

 

「ねえ、聞かせてよ。それらしいことを」マニキュアをやめてダス夫人がいった。ひょっとしてダス夫妻はうまくいっていないのではないか、ちょうど自分たちのように。奥さんが夫にも子供にも見せない興味をいきなり自分に向けてきたことで、カパーシーは軽い酔いのようなものを感じた。まったく悪い気はしなかったのである。車を走らせながらバックミラーを気にかけて、奥さんに目を走らせるようになった。顔だけでなく、茶系の肌にも、服や短いスカートにも。

“国際的に貢献できる人間になりたい”という夢を描きながら、現在のような境遇に甘んじているカパーシーが、アメリカに生まれたインド人女性に抱く恋心ともいえる感情。小さな頃からするべくしてした結婚も、時間が経つにつれて風化してしまったと感じるダス夫人。その他いろいろな要素が絡み合い、短い作品の中にさまざまな問題が提起されている。

 (小川高義訳/新潮文庫『停電の夜に』所収)

 

 

コナーラクについたのは二時半だった。砂岩でできあがった寺院はピラミッド形の壮大な建造物であり、その全体像は大きな馬車のように見立てられる。生命の主神たる太陽を祀ってあるのがが、その太陽が日々の運航につれて空の三方から伽藍を照らす。北側と南側の基壇には計二十四個の巨大な車輪が刻まれている。それが七党の馬にひかれ、あたかも天空を駆ける馬車の姿となるのだ。カパーシーは解説の役をつとめた。

カパーシーはバックミラー奥さんの姿を盗み見る。

この時間を少しで長引かす手がないかと:・・・・・・。

ウダヤギリとカンダギリの丘へ足を延ばしたらどうでしょう、といってしまった。本文より
   
 画文集「バウルの歌」より ウダヤギリ 
 
 
  
  カンダギリ ザドゥ(行者、放浪の僧)
 
「病気の通訳」の中で波乱の展開を巻き起こす サルの群れ
 

昔の僧院だった石窟群が狭い道を挟んで向き合っている。ちょっとした寄り道になるけども、一見の価値があるので・・・・・・・・。

 

 
ガイドの運転手 少しだけ 英語ができる

   
  運転手の隣の人は旅行代理店の人で駅に迎えに来てくれた。きっと迎えに来るだけで運転手のギャラの数倍のお金を稼ぐのでしょう。
 

太陽神の寺院の彫刻が素晴らしい。ウダヤギリとカンダギリもすばらし石像がある。

インドは多民族、多言語国家であることがよくわかる。インドでは、だれでも英語ができるとは限らないので、映画の吹き替えは地方地方で違う言語で行われている。