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キャパの十字架 [著]沢木耕太郎を読んで。ブタペストの下町の建物。写真。

キャパの十字架 [著]沢木耕太郎
 第二次世界大戦前夜に戦われたスペイン内戦。共和国軍(人民戦線)は反乱軍(ファシズム陣営)に敗れ去るが、多くの人々が身を投じるに価(あたい)すると信じえた最後の戦争として、いまも特別な記憶を残している。
 内戦の遺産として、二つの傑出した作品が残された。一つはパブロ・ピカソの絵画「ゲルニカ」、一つはロバート・キャパの写真「崩れ落ちる兵士」。写真は、撃たれた共和国軍の兵士が倒れる瞬間を捉えた〈この一枚〉。『ライフ』に掲載され、報道写真史上、最も高名な「聖画」となった。
 これまで著者の沢木はキャパの伝記や写真集を訳してきた。その過程で、小さな疑念を抱く。いつ、どこで、どのように撮ったのか。戦史研究書や新たな写真類が現れ、場所や被写体が判明してくるがなお定かではない。果たして戦場だったのか、そもそもキャパが撮ったものなのか……疑念はさらに膨らんでいく。
 スペイン、パリ、ニューヨークへ旅し、地形や古雑誌や写真を繰り返し解析していくなかで、ある結論に達する。写真は、演習中に足を滑らせた兵士の姿であり、撮影者は、戦車に轢(ひ)かれて死んだ恋人、ゲルダ・タローの手になるものだ、と。キャパとゲルタ。
 本書はまず、極めて上質の、考察と検証のノンフィクションとして読むことができる。ただ、本書の主題は最終章「キャパへの道」にある。
 「崩れ落ちる兵士」によって、無名のユダヤ系ハンガリー人の若者は一躍、「偉大な戦争写真家キャパ」となった。虚名に追いつき「負債」を埋めなければならない。以降、キャパは銃弾の飛び交う戦場に身をさらすことを欲し、ノルマンディー上陸作戦では、もう一つの〈この一枚〉、「波の中の兵士」を撮るに至る。
 「贋(がん)」から「真」へ。あるいは贋を背負ったが故に真へと上り詰める。初期の沢木作品から一貫してある問題意識、「彼以上の彼」という言葉を改めて想起する。人は生身の自分以上の自分になりうるのか。二十年余、なぜキャパにこだわり続けたのか、その訳が解けてくるのである。
 彼以上の彼になった写真家。名声、酒、ギャンブル、世界一の美女イングリッド・バーグマン。すべてを手にしつつ、所詮(しょせん)ブルーなる日常であり、「余生」に過ぎない。「吐息」をつきつつも男は再び戦場に向かう以外になかった。人とはやはりそのような存在であるものなのだ——。
 ラスト、インドシナで地雷を踏む直前に撮られた「「遠ざかるトラック」が載っている。あたかも、さらなるもう一つの〈この一枚〉のごとくに余韻が深い。朝日新聞[評者]後藤正治書評より。


おじさんは、この写真をるためニューヨークの現代写真博物館を訪ねたことがあります。
しかし、ロバート・キャパの写真「崩れ落ちる兵士」は展示されていませんでした。

キャパは、育ったブタペストを訪ねたときにブタペストの写真美術館をたずねたときロバート・キャパの写真「崩れ落ちる兵士」は展示していますか?と聞きましたが、その時はここにはない。

その後、スペインのサンチャゴ巡礼路を歩いた後に、マドリードのソフィア王妃芸術センターで キャパ写真 「崩れ落ちる兵士」見るために行きましたが、その時は展示されていませんでした。

おじさんがスペインに旅に出る前に読んだ本
「スペイン内戦 上下――革命と反革命」は当時の新聞のスペイン内戦記事を丹念に調べて編集した本。この本のデータによっていつ。どこで、どんな戦闘があったかがわかるようになったのでしょう。

「サラミスの兵士たち」スペイン内戦の秘話は、表紙が国際旅団の解散式のキャパの写真です。
この、写真を沢木さんは、褒めていますね。

ソフィア王妃芸術センター内の本屋さんでキャパの恋人、ゲルダ・タローの伝記本を発見しましたので購入しました。バルセロナ住むジャーナリストの書いた伝記本です。(スペイン語の為読めませんでした)この本にタローの由来は、日本人の画家岡本太郎(キャパの伝記「ちょっとピンボケ」)からつけた名前だと出ているかと期待していましたが、出ていないようでした。(スペイン語がよくわからないので自信はないけどね)

今回、「キャパの十字架」 を読んで、「崩れ落ちる兵士」の沢木さんは、謎に具体的に
迫りますが、ノンフィクションとしていろいろな角度から検証しインターネット時代だからできる方法も取り込みながら真実に迫ります。
キャパ好きにはたまらない一冊です。

なぜ、あの写真についてキャパは語らなかったのは、なぜか今回考えてみました。

キャパがブタペスト生まれです。まず、下町の遊び人キャパの父デジュー・フリードマンはハンサムで、手入れされた口髭、趣味のいいスーツを身に纏い、まるで英国の魅力的なジェントルマンのようだったといいます。遊び好き(とくにカード遊び)で自由人で、あれこれ口実をもうけては仕事場から早く抜け出すことばかり考えていたといいます。キャパは、父の影響受けて。カッコいい、粋なセンスの服で決まった男として、張ったりと見栄っ張りのユダヤ人のブタペストの男であり続けたのではないでしょうか。故郷を追われた男・・・。兎に角、名前の売れる写真家になるためには、あらゆる手を使ったのでしょう。女にもてるいい男であり続けたかった。
そのために、本物の報道カメラになろことだったのでしょうね。

キャパの貧乏時代、パリでセーヌ川で釣りをしてその釣った魚を食べて飢えを凌いだ話は面白すぎるけどちょっと作り話感じがするよね。父親の旅の法螺話のからいただいたみたいですよね。

キャパが育った。ブタペストの建物の写真を撮ってきました。
テラスの造りが個性的で見栄っ張りな建物ではないでしょうか、   



この写真は、ブタペストの市場の近くの下町の建物です。キャパの育ったヴァーツィ通りからも歩いていける範囲にあります。