「放浪の天才数学者エルデシュ」読む。彼のブタペストの墓を訪ねたよ。NO1の記事です。
上をクリックするとポール・エルデシュのドキュメンタリー映像の動画が見られます。
ポール・エルデシュPaul Erdős (1913年3月26日- 1996年9月20日)であったハンガリーの
数学者。オルドスは、歴史の中で、他の数学者よりも多くの論文を発表し共同研究者の何百もの仕事。彼は問題に取り組んで組合せ、グラフ理論、整数論、古典的な解析、近似理論、集合論、および確率論。彼はまた彼の"伝説的エキセントリック"人格のために知られている。ウィキペディア、フリー百科事典から
本の書評ここから
「学者」という職業の放浪度はどのくらいでしょうか。実験する学者さんは実験室を構えますから放浪不可能。ところが、数学者というのはどうやら紙とエンピツがあればどこでも仕事ができるらしいのです。おまけに数式は世界共通、言葉が通じなくても討論できるので、じつは数学者というのは、放浪しながらでもできるのではないか。
それが証拠に、自分の家を持たず、25カ国の友人知人の家を渡り歩き、83歳で死ぬまで現役バリバリの数学者だった放浪の天才数学者・ポール・エルデシュ(1913~1996)という人物の伝記がここにあるわけです
。
この人、数学の世界では大変な有名人で人気者だったそうですが、一般にはほとんど知られていません。
もちろん、3歳で数学と出会い、自力で負の数を見つけだしたとか、論文数が史上2番目に多いとか(1位はレオンハルト・オイラー)、ほとんど眠らず、1日に19時間も問題を解く毎日だったとか、どのページを開いても桁違いの話ばかりだ。読み手は、驚いたり笑ったり、ちょっとホロリときたり、かなり忙しいだろう。
けれども、一番心うごかされたのは、エルデシュのスタイルだ。彼は「みんなで」問題を解こうとした。世界中に散らばった数学仲間と、同時進行でたくさんの問題に取り組む。粗末なスーツケースひとつで四大陸を驚異的なスピードで飛びかい、大学や研究センターを次々と移動して回った。知り合いの数学者の家の戸口に忽然と現れ、こう宣言する。
「わしの頭は営業中だ、君の頭は営業中かね?」
で、その数学者の家にころがりこんで、一緒に問題を解く。その数学者が音を上げるか、エルデシュが飽きるまでひたすら問題を解き続け、その後、次の家へ向かうといった按配。
彼と共同研究した人は莫大な数になり、ユーモアと尊敬をこめて「エルデシュ数」が作られたぐらいだ。つまり、エルデシュと共著を出した研究者はエルデシュ数1とし、エルデシュ数が1の研究者と共著を出した人はエルデシュ数2となり…といったぐあいだ。wikipediaによると、エルデシュ数が1の研究者は511人にのぼるという。
これは現在のフェイスブックなどのSASの繋がりの研究のはじまりですね。
エルデシュはただ適切な問題を出すだけではない。ちゃんと適切な人物に向けて出すんだ。かれは、きみが自分にどれほどの能力があるかを知る以上にきみを知っているんだ。どれほどたくさんの人たちが、エルデシュの問題を解くことから研究の道に入ったことか。かれは数学者としてスタートを切るぼくたちの多くに必要な自身を与えてくれたんだ
そのために、生涯のすべてを数学に捧げた。数学のために最大限の時間を割けるよう生活を作りあげていた。かれを縛る妻も子も、職務も、家さえ持たなかった。エルデシュが作った「エルデシュ語」によると、女とは「ボス」、男は「奴隷」であり、結婚は「捕獲された」になる。
でも数学以外ではまるっきり子供並み(われわれ凡人はちょっとホッとします)。
全自動洗濯機の使い方がどうしても覚えられない、使った後の洗面所の床は水浸し、
トマトジュースのパックの開け方がわからず包丁でパックの腹をぶすり、床は真っ赤・・・
生涯一度も、お湯を沸かしたことすらなかったそうです。
講演などで得るわずかな収入は、気前よくあちこちに寄付してしまいます。
ハーバードで学びたいが、学費が足りない数学志望の学生に、ポンと1000ドル貸してやったこともあります。10年経ってその学生が、「あのときの1000ドルが返せるようになりました」と連絡してくると、「その1000ドルで、わしがしたのと同じことをせよ」
エルデシュは、友人と一緒に数学の問題を考えることを無上の喜びとしていて、
いつも誰かとの共同研究というかたちで仕事をした人。
エルデシュの軌跡は数学の歴史と重なっている。アインシュタインやラマヌジャン、ゲーデルとのかかわりを読み解いていくと、彼の生涯を追っているのか、超人を次々と紹介されているのか、わからなくなってくる。
なかでも面白かったのが、素数のふるまいについて。エルデシュが貢献した素数定理の話も出てくるのだが、大丈夫、難しい式は一切ない。むしろ、数一般で興味深いふるまいをしているものに着目すると、何かの形で素数とつながってくるところが可笑しい。神様のイタズラに見えてくる。
エルデシュその人の伝説だけでなく、こうした挿話のおかげで、わたしにも数学の素晴らしさを感じ取ることができる。エルデシュ自身は数学の美しさをこう語っている。
「それはなぜベートーベンの交響曲第九が美しいのかと尋ねるようなものだ。なぜかがわからない人に、他の人がその美しさを説明することはできない。数が美しいことをわしは知っている。数が美しくなかったら、美しいものなど、この世にはない」
数学をひたすら愛した天才の、たぐいまれなる人生がここにある。「放浪の天才数学者エルデシュ」の原題がすべてを物語っている。
"The man who loved only numbers
ポール・ホフマンが書いた伝記『放浪の天才数学者エルデシュ』(草思社)は、この『博士の愛した数式』の参考文献にもあがっていた本です。 書評の抜粋。
ここまでエルデシュNO1は終わりです。エルデシュNO2に続きがありますから読んでね。

