もう、怒ってないけどさ。
今は、怒って無いけどさ、、、
人生、この先も怒りたくなる時って、なくならないでしょ?
前々から考えてはいたけど、私の中のじゅんびが整わなくて、スルーしてた課題。
そろそろイケんじゃね?って思ってる。
題して
「正しい怒り方!」。
私、怒るの下手くそなの。
下手くそだから、どう表現したらいいか、わかんなくて限界まで我慢するの。
我慢は我慢なのよ。我慢した怒りの感情は、何年経とうが消えない。
無意識の奥にしまって蓋をしてるだけ。
私がいくら短気であろうと、理由も無しに怒らないよ。
怒る気持ちは、生ゴミでもなんでもないけど、貯めると何事も悪臭を放つ生ゴミになる。
感情も生ものだからね、仕方ないよね。
過去の出来事から最近のことまで、記憶を洗い出してみたんだ。
怒りを我慢するから、色々背負うし、根に持つんだ。
怒っている意思表明は、正しく使えば、対立交渉にとても役に立つ、明確なイメージが沸いた。
怒りは感情だけど、感情を説明するのに感情は必ずしも必要では無さそうだ。
早い段階で怒りに気づいて使うって決めれば、「自己表明」のカード(手札)として、最強のカードだ。
怒りの頂点超えなくたって、「威厳を持って制する」ができるんだよ。たふん。
圧をかけて全てを自分の思い通りにしたいわけじゃないけど、こちらの立場ってもんも、示したいじゃん。
欲しいのは結果じゃなくて、同じテーブルに立つことだよ。
こちらの希望が叶わなくても、こちらの主張理由だけは分からせたいじゃん。
そもそも、日本語が通じない相手だから、対立するんだけどね。
結局、相手は私に「圧をかけられた」としか思わない人もそれなりにいるんだよね。
だからこそ、傍目から見ても私に「理」がある、合理に叶った言葉、紳士な態度が私には必須なんだ。
仮に私の理屈が正しいとしても、闇無雲に感情に任せて押したら「私が悪い」でしょ。
この世に「100%の正しさ」なんて無い。
自分が絶対正しいと思ってるときでさえ、その割合はせいぜい「6 対 4」ってところだと思う。
普通の対立だと、 5分5分。
感情として勝ちたいと思ってるから「5.5 対 4.5」って思い込むけどね www
相手の持ってるカード次第で、一気に「3対7」になる。
ゴールは勝ち負けじゃなくて「利」だから、そういう時は、あっさり私がひく。
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最近、不快が多すぎて、溢れちゃったから、
対策を考える。
自分の手札に「有益な怒り方」作りたい。
正しく怒るためには、怒り方を学ぶことも大事だけど、それだけでは足りない。
「怒るは諭す」なんだ。
相手の何を諭したいのか?
そのベースとなる知識と情報が不可欠。
無知だと、怒ることも出来ないのか www
少なくとも、私は諭すレベルで情報を持ってないと、余裕を持って怒れないな。
まずは、勉強からだな!
私の知識不足対策。
私は、事前に集める必要情報集めを、最小限にしたがる傾向がある。
最小限といっても、私が知る限りの周囲の人と比べたら、入念に調べてると思う。
でもさ、トラブル起こして揉める相手って、大抵、その道の人(詳しい人か立場がある人)でしょ?
私の知識足りないかった。
揉めてから知識集めたって不利なんだよ。
先手必勝って、ある意味あってる www
トラブルの気配があろうがなかろうが、知識集めは「これでいっか?」でなくて、不測の事態に備えて応用編が作れるぐらいには、幅を広げて得たい。
人に説明出来る程度まで頭に叩き込んでおきたい。
人からもらった情報は、内容に不足がないか?
誤解や誤りがないか? ちゃんと裏を取るべきだ。
大事な話は、なるべく言質を取れるならとること。
大事なことは、証拠が残る形で残す方向にもっていくとよりbetter(メールとかさ)。
基本、人は好きなんだけど、
人間不信が輪をかけて深まった気がする www
「人を信じられません」なんて、自分に甘いことは言わない。
そんなことを言ってる間は何も変わらないし、そこまで暇じゃないから。
私は「疑いや不信の発生を防ぐ予防策」を深めるの。
「人に期待する自分のエゴ」を少しづつ手放すの。
今回、こんなに苦労したの、私の歴代NO.1かも。めちゃくちゃ懲りた。
脳裏に焼き付いてしまった記憶は、何年経とうが鮮明に残る、忘れたくても忘れられない。
忘れられ無い記憶なら、次の対策の踏み台にするしか無いんだよ。
こうやって、私は、また性格が悪くなる。
こうやって、外見だけは以前より穏やかで、倫理を目指す私がつくられていくんだ。
「人に期待しない」は大事。
ただし、
「人の何処を期待しないのか?」
「人の何を信じるのか?」
この、ふるい分けが大事。
ただ
「人に期待しない」って言葉を一律に振り回すと、寂しい人生になるぞー、私はね。
雑記
人生は、シンプルだという言葉を聞くが、
私は、色んな人や物事が絡み合って複雑に見えてしまう。
だからこそ、私は私の行動原理、信条に従って、自分のためにだけ生きたい。
自分自身でさえ、自分の思い道りに私は動けない。
人のために何かしたいと思ってみても、理想通りにはいかないでしょ。
人に何かをしたいって究極のエゴだと思う。
だから、それをわかってる奴は、尋ねるんだよ。
「あなたに○○をさせて欲しいのですが、お許しいただけますか?」ってニアンスでさ。
その辺は、私は、まだ子供だ。
「私がしたい」で先に動く、動きながら質問する。
コストパフォーマンスも悪けりゃ、スマートさにも欠ける。
イメージ的にはイギリス紳士を気取りたいのに、現実はどう頑張っても、せいぜい新人お笑い芸人。
どうしても、美しく決まらない、笑いになる。
地味に恥ずかしいという、ダメージになる。
恥も積み重なれば、りっぱに落ち込める(笑)