なりふり構わず需要を喚起しても、
(1)国内のイノベーションの鈍化
(2)グローバリゼーションによる新興国の競争力向上
(3)ITの急速な発達
により、失業率の低下が困難になってきている。

ムーアの法則
勝者の一人勝ち Winner takes all
労働分配率の低下(企業は儲かっても労働者の給料を増やさない)


Diamondの記事
ITは雇用を生まずに所得格差だけを広げるのか?
 米国の失業率が回復しない本当の理由
」より

 米国の失業率は、2011年7月の9.1%から2012年6月には8.2%に下がった。
 10年間単位で見た雇用の伸び率は、1950年代から1999年までは20~30%の伸び率だったが、2000年代に入ってから-1.1%の減少に転じている。

雇用を早く回復させるには、どうすればよいのだろうか?


ポール・クルーグマン教授のように、
「なりふり構わず需要を喚起すれば雇用は自然と回復する
という学者もいれば、

タイラー・コーエン教授のように、
米国のイノベーションの鈍化と、グローバリゼーションによる新興国の競争力向上で、米国での雇用が回復しなくなっている」
とする学者もいる。


 MITのエリック・ブラインジョルフソン教授とアンドリュー・マカフィー教授は、
ITの急速な発達によって労働市場の需給が大きく変化し、これが失業率の低下を困難にしている」
と主張する。

 歴史的な視点から見ると、Machineは時代によって変わって来た。
 産業革命初期には蒸気エンジンだった。その後電気が発明され、内燃エンジンが開発され、人力に頼っていた部分を代替してきた。いまMachineはコンピュータであり、ネットワークであり、デジタル技術である。

 ITが以前のMachineと違うのは、ITはまだ進化の途上にあり、どこまで進化するのか予測がつかないことである。ITの進化を後押ししているのはムーアの法則である。

 ムーアの法則は「コンピュータの処理能力が18ヵ月で2倍になり価格は半減する予測」を指す。


 ITの発達で何が代替されたのか。いまでは多くの人が銀行に行かずにATMで現金を引き出しているし、空港では搭乗者が自分で発券機を操作して発券できるようになった。銀行のテラー(窓口担当者)と空港の搭乗券発券職員がITに代替されたのである。
 多くの労働者が職につけないのも、そこにひとつの原因があるとする。



コンピュータは労働市場にどのような影響を与えたのだろうか?


 両教授は、三つの要素が絡んでいるとする。
それは
(1)スキルの差
(2)スーパースターと一般人の格差
(3)資本と労働の分配率の変化
である。


(1)スキルの差

 工場のオートメーションで言えば、単純作業をする人の需要が減少し、機械を動かすプログラムを開発する人や工程を管理する人の需要は上昇した。これを学歴で見ると、低学歴者の給料が低下し、高学歴者の給料が上昇した。過去の統計を見てみると、大学院卒の給料はこの30年間に大きく伸びたのに対し、高卒の給料はむしろ減少している。IT時代に入って学歴による所得格差はますます拡大する傾向にある。

 米国全体の失業率は相変わらず高止まりしているが、シリコンバレーでは求人難である。この春にはフェイスブックをはじめとするソーシャルメディアのベンチャー企業が上場し、たくさんの高所得者が生まれた。フェイスブックに続きたいベンチャー企業は人材確保に必死になっているが、欲しい人材は払底している。特にソフトウェアエンジニアが足りない。たいした経験のないエンジニアに法外な高給を払って採用する状況が続いている。

 機械による労働代替は全世界ベースで進むと見られ、中国で電子部品の製造を行うフォックスコンですら、これから3年間に10万台のロボットを購入して労働力の代替を進めるとしている。ロボット、コンピュータ制御の工作機械、コンピュータによる在庫管理の発達が単純作業者を代替していくのに対し、データ可視化、データ解析、超高速コミュニケーションといった高度なITが絡む職種の価値は上昇していくと見られる。

(2)スーパースターと一般人の格差

 タレントであれ、企業・金融業界であれ、スーパースターは知名度、業界シェア、収益を独占する傾向がある。
 これを「勝者の一人勝ち」(Winner takes all)と呼ぶ。
 製造業では余りこの傾向が見られないが、ネット企業では顕著に見られる。グーグル、フェイスブック、アマゾン、ツイッターと言った新興企業が開拓した業界では、二番手以下の企業は苦戦を強いられている。

(3)資本と労働の分配

 技術が進歩すると、製造現場における労働の重要度が、生産設備の重要度に劣るようになる。
 企業経営者は、「生産性の向上は、労働者の努力によるよりも、新しい設備の導入によるところが大きい」と考える。
 そして設備の所有者(即ち企業)が利益の大半を取っていく。ある調査によると、リセッションが終わった2009年6月以降、企業の生産設備とソフトウェアの購入額は26%増加したが、平均賃金は増加しなかった。

 米国では、GDPに占める企業収益の比率はこの50年で最も高くなっているが、GDPに占める労働の取り分の比率はこの50年で最低水準になっている。
 即ち、企業は儲けを設備投資とIT化には振り向けたが、採用と賃上げは抑えたのである。



 三つの要素は労働市場にどのような変化を与えたのだろうか?
ITの発達をうまく利用した人々は、大きな所得を得たが、そうでなかった人々の所得は下がった。

 1983年から2009年の間に、米国世帯のトップ20%の所得は上がったが、その下80%の所得は下がった
 トップ5%が富の80%を得て、トップ1%が富の40%を得ているという大きな格差を生んでしまった。

 では、こうした社会が健全なのだろうか?両教授は疑問を投げかけている。
 儲けている人が更に儲けたところで超過分は貯蓄に回ってしまい消費に回らない
 消費はGDPの70%を占めているので、こういう状態が長く続けばやがてGDPも頭打ちとなる
 貧しい家庭に生まれた子どもは、貧しいがゆえに良い学校へも進学できず、機会の平等が損なわれる。更にこれが深刻化すると「打倒!ウォールストリート」のようなデモがいま以上に頻発するかもしれない。

コンピュータに代替されないようにする戦い


 コンピュータに代替されないようにする人間の戦いは「Race against the machine(機械との競争)」である。
 そうではなく、コンピュータを上手に使って価値ある個人になってみようとする戦いは「Race with the machine(機械を使った競争)」である。
 コンピュータについていけない人々は労働市場で脱落するが、コンピュータを使いこなす人は大きな報酬を得る。


 Race with the machineの視点は極めて重要である。
 我々日本人一人ひとりがIT時代に求められるようなスキルを磨いているだろうか?
 日本企業はコンピュータを戦略的に使っているだろうか?
 世界をあっと言わせるようなアルゴリズムを開発して急成長している新興企業が日本に何社あるだろうか?



ワイルド・フロンティア [ ゲイリー・ムーア ]