アジアの地獄と蘇生譚 | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

お坊さんになる前に、大阪府下の伝説や昔話に因んだ寺社を訪ね歩いていたのだが、大阪市の平野区を探索中、「大阪 歴史の散歩道」という、正慶堂印刷というお店の先代社長さんが纏められた小冊子シリーズの平野編を手に入れた。

 

 

下の画像はその中のページなのだが、蘇生譚で知られ、蘇生した尼僧さんが閻魔王宮から持ち帰ったご宝印を有することでも知られる長宝寺と、地獄堂で知られる全興寺が、同じページに載っていることに、最近、気が付いた(尤も全興寺の地獄堂が出来たのは、この冊子の出版よりも、少し後のことではあるけれど)。

 

 

 

 

蘇生譚というものは日本でも「日本霊異記」や「今昔物語集」にたくさん出て来るし、「日本伝奇伝説大事典」には、それらと共にインドの「ブリグの地獄遍歴」や中国の志怪小説のことなども紹介されている。

 

 

ポオの「早すぎた埋葬」を待つまでもなく、洋の東西を問わず蘇生譚が豊富なのは、医学の進歩していない土葬時代には、実際に死者が息を吹き返した例が、多々あったからに違いない。世界中の地獄の描写には、そうした蘇生者の見聞から生み出された例もあるかも知れない。

 

さて、アジア全土において地獄の王であるとされている閻魔王とは、本来はインド神話におけるヤマーのことだ。ヤマーの治める世界には、神犬サラマーの生んだ四つ目の番犬がいるのだが、これはギリシャ神話の地獄の番犬ケルベロスに対応するもので、ギリシャ神話にはまた、アジアの三途の川に当たる冥界の河、ステュクス河が流れているとされる。

 
ヤマーの神話は、「リグ・ヴェーダ」(辻直四郎訳・岩波文庫)にもたくさん出て来るが、そもそもヤマーとはこの世に生まれた最初の人間のことだった。死んだのも人間の内で初めてだったから、死んだ時にはまだあの世に誰も人間がおらず、ヤマーはそのまま冥界の王となった訳だが、これは日本神話で日本人の始祖であるイザナギ・イザナミの神の内、最初に死んだ女神イザナミが、黄泉の国で黄泉大王(ヨモツオオキミ)となったのと、よく似た話だ。
 
仏教では、閻魔王は地獄以外に、閻魔天という天界の主であるともされているが、地獄は三界の一番の下層だし、一方で閻魔天は四天王や帝釈天が住む世界より上方に位置するから、おそらくこれは様々な伝承が錯綜して仏教に取り込まれた形跡なのだろう。
 
ちなみに、ブッダの言葉を伝えているとされる最古の経典「スッタニパータ」中の「コーカーリヤ経」には詳細な地獄世界の説明があり、「ダンマパダ」「ブッダ最後の旅(マハパリニッパーナ経)」を始めとするその他の原始仏典にも、地獄や閻魔王という言葉が頻繁に出て来る。
 
アジアの地獄に関しては、何度も紹介している「タイの地獄寺」(青弓社)という本が詳しいけれど、「水木しげる 鬼太郎の天国と地獄」(小学館)は、中国・東南アジア・太平洋諸島・南米などの地獄や、「往生要集」「神曲」「チベットの死者の書」のことなどを、鬼太郎とねずみ男が案内してくれる楽しい内容なので、よろしければ是非ご一読を。
 
 
                         おしまい。