江戸川乱歩は1965年(昭和40年)の7月28日に亡くなったから、今日がちょうど没後50年、今年2015年には様々な記念行事が行われたり、記念番組が放映されたりしている。
世界最初のミステリであるE・A・ポオの「モルグ街の殺人」の冒頭で、ポオは延々と「分析的知性」とは何かという薀蓄を披露しているけれど、これは正に推理を愛する読者にはたまらない一文で、我らが江戸川乱歩はポオのこういう部分を愛してやまず、その小説や随筆の中で、ポオ作品における分析的推理の魅力を、繰り返し語っている。
「江戸川乱歩」という筆名が推理小説の始祖、エドガー・アラン・ポオに由来することはよく知られているが、デビュー前の乱歩は「江戸川藍峯」という漢字を使っていた。デビュー作の「二銭銅貨」と「一枚の切符」を投稿する際に、字面の良い「江戸川乱歩」に改案したのだが、今日思えば、そのことこそが、何より作家としての乱歩に幸いしたと言えるのではなかろうか。
「乱歩打明け話」と随筆のタイトルに自分の名前を冠してみたり、連作のタイトルに自身の筆名をさらにもじった「江川蘭子」と付けてみたりする辺りからも、乱歩自身がこの筆名を気に入っていたことは間違いなく、有名な海外ミステリ作家の名を借りるという発想と共に、そのすっきりした字面こそが乱歩の勝利だったと思う。
その証拠に、ヴァン・ダインをもじった「伴大矩」、ファイロ・ヴァンス(これは作家ではなく、ヴァン・ダイン作品に登場する名探偵の名前だが)をもじった「広播州」、アガサ・クリスティをもじった「阿賀佐久利子」、チェスタトンをもじった「茶須田屯」といった作家や翻訳者が過去にいたらしいのだが、どのネーミングもぱっとしないし、現在、誰の記憶にも残っていないことからも、「江戸川乱歩」という筆名が、いかに優れていたかがよく分かる。
ちなみに乱歩の「闇に蠢く」という作品には、「御納戸色」という筆名の作者が出て来るが、これは「コナン・ドイル」のもじりで、後に乱歩作品を舞台化した市川小太夫は、その脚本を執筆する際に、これを踏まえて「小納戸容」という筆名を用いたそうだ。
それはともかく、好きな作家はポオとチェスタトンで、取り分けポオが最も好きだと、終生、表明していた乱歩が、その筆名を他の作家ではなく、ポオに借りたこともまた良かった。推理と怪奇の両方の要素を併せ持つ乱歩の作品群は、確かにチェスタトンよりもポオに近い。
筆名を最初に思い付いた時点では、ポオに憧れる一青年でしかなかった乱歩のことを、没後50年たった現在では、日本探偵小説の事実上の開祖であると誰もが認めている訳だから、乱歩が人類史上最初に推理小説というジャンルを切り開いたポオに名を借りたことは、今さらながら実に意義深いことだったと思う。
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