桂米朝師がさる師匠から初めて落語の「愛宕山」(あたごやま)を習った時、いっぺん山に登ってみますと言ったら、この話は嘘ばっかりやから、登ったらやれなくなるからやめときと、その師匠に言われたというエピソードは有名で、後進の噺家さんがそれを踏まえて、でも実際に登ってみましたと言っておられるのを聞いたこともあるし、落語「愛宕山」を実際に京都の愛宕山で演じた噺家さんもいたりする。
「愛宕山」には、清滝や梅ケ畑から崖下に通じる道がある、という描写があるが、それも実際の地形とは違っているのだろうか。子どもの時からこの落語が好きだった私は、お坊さんになる前に何度か京都の愛宕さんに登ったことがあるのだが、本坂(表参道)ではない月輪寺道にある、天台宗の月輪寺(つきのわでら)というお寺には、お坊さんになった今も登ったことがないことに気がついて、山登りをはじめ、京都のあれこれを調べるのに、いつも参考にさせて頂いてる、ある方のブログに直接、お問い合わせして情報を頂き、先日、急遽、お参りさせて頂くことにした。
⇒ブログ「地蔵の峠に吹く風は」
初めて登る月輪寺道は、本坂よりもむしろ登りやすく、気候の良さにも助けられて、清々しい気分のまま、無事、月輪寺の境内にたどり着いた。
実はこちらの住職である尼僧さんが寄稿しておられる「法味」という冊子を読んだことがあって、どうやら庵主さんは本格的に大変な山寺暮らしをされているような気配、一度、お参りしてみたいと思ったのが始まりだったのだが、さて、まずは拝観をお願いし、宝物殿を案内して頂いた。
この山中に驚くべき仏像の数々、恵心僧都作の阿弥陀坐像、十一面観音立像、空也上人像など、平安時代と鎌倉時代の重要文化財を含む計8体。先年、宝物殿が完成し、博物館に預けていた仏さまたちが、寺にお戻りになられたばかりだということなので、車の上がれない急な山道を、どのようにしてこれだけの仏さまたちをお連れしたのかと思って質問させて頂くと、真綿でくるんで担架にお乗せして、300人の信者さんたちが、少しずつそっと気をつけて、山道を送り上げられたのだということだ。
重要文化財の仏さまたちが境内に戻られて、境内では火が使えない決まりとなり、薪も使えず、風呂にも入れず、水も湧き水だけだというのに、行水だけの毎日なのだそうだけれど、昆布茶のお接待を頂きながら聞く庵主さんのお話は、境内に姿を見せる鹿も鳥も蛇もムカデもイタチも植物たちも、全て同様に自然の中で生かされている生命、ここも住めば都と思って自然に暮らせるようになったというお話で、決して不便こそ修行の要件だと意気込むのではなく、自然に暮らしておられるご様子が清々しい。
さればこそ、ここにご縁のあった人たちは、金品のみならず、法衣や水や食べ物や、境内や参道の修理までも施して、功徳を積もうというお気持ちになるようで、京都の市街から、距離にすればわずかな所に位置する山中に、こんなお寺があることを知り、私自身の修行生活を考える上で、大きな暗示を与えて頂いた気が致します。
おしまい。
※写真は「法味 34号」(天台宗京都教区布教師会 発行)より、上人自作と伝承される月輪寺所蔵の空也上人像。
上人像を収める宝物殿および本堂は、事前に予約すれば参拝、拝観させて頂くことができます。
上人像を収める宝物殿および本堂は、事前に予約すれば参拝、拝観させて頂くことができます。
※その後、2012年7月の集中豪雨で、月輪寺に大きな被害が出ました。慎んでお見舞い申し上げます。詳しくはインターネットなどでご検索ください。
(2013年2月26日 追記)
(2013年2月26日 追記)
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