これは最近のお話です。インドの仏跡・祗園精舎で、スリランカ寺に泊めてもらいました。少し前までの「地球の歩き方」には、ここのスリランカ寺に泊まれば、上座部仏教のお坊さんの優しさに触れることができるでしょうという投稿が、長い間載っていましたが、その時もスリランカ人の巡礼さんたちが大勢泊まっていたにも関わらず、わざわざ部屋を空けてくれました。
近代インドの仏教の復興は、スリランカのマハボディソサエティの力による所が多く、インドのスリランカ寺はどこも早くから設立されているためか建物が古いのですが、もちろんそんな贅沢を言うつもりはありません。
しかし、巡礼の団体さんたちが、少々、喧しすぎはしないかなどと、いえいえ、こちらがその間を割って泊めて頂いてるのに、そんな贅沢は申しません。
共同のシャワールームに巡礼さんたちが、バケツごと残飯を捨てたため、水が詰まって異臭を放っていたとしても、文句を言えた義理ではありません。そう、たとえ仏舎利のご開帳だということで、興奮したスリランカ人のおばちゃんたちが、お勤めに参加しようと本堂に向かう私の体を、押しのけ、かき分け、ぶつかって来たとしても、文句を言えた義理ではありません…。
さて、お勤め中、パーリ語のお経の、分かるところだけ唱和していたら、若いスリランカ人のお坊さんが、あなたはパーリ語が話せますかと尋ねて来ました。
話せません、ヒンディー語なら少し、と答えると、そのお坊さんは、自分は英語とパーリ語とヒンディーと、それから日本語も少し、と微笑みます。
帰り際、ずいぶん喧しかったでしょう、どうぞ、これは「スリランカノオチャデス」と、そこだけは日本語で、紅茶の包みをお供養してくれました。確かに「歩き方」の投稿は嘘ではなくて、上座部僧の優しさに、触れる旅ではありました。
おしまい。
おしまい。
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