アジアの諸行無常 | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

 タイのお寺の境内で、なついていた野良猫が死んでいるのを見つけたタイ人の若いお坊さんが、「アニチャ(無常だ)」とつぶやいたのを聞いたことがある。

 「アニチャ ワタサンカーラ…」で始まる、「諸行無常 是生滅法 生滅滅已 寂滅為楽」のパーリ語原文は、テラワーダ仏教でも葬儀や死者の回向に際して唱えられるから、決して日本語の「諸行無常」だけが死を連想させるわけではないし、帝釈天インドラもブッダの死に際してこの句を唱えたとされている。

 ただし原始仏典でこの諸行無常偈は、ブッダの臨終以前に頻繁に様々な神々や人々の口に上っており、それはおそらくブッダが説いたこの句が仏教の教理を簡潔に表した偈文として、当時弟子たちの間によく広まっていたからだろう。

 たとえば平家物語の冒頭が、諸行無常という機械的で明快な仏教の基本原理を、暗くやるせないものとして日本人に刷り込んだかのように学者たちは言うが、しかし仏教に随分縁遠くなった現代の日本人にもこの言葉を長く印象付けている平家物語の功績は、むしろ大変に大きいのではないかと思う。もしも誰かに、何か一つだけ短いお経の文句を教えてくださいと言われたら、私は迷わずにこの偈文を挙げるだろう。