ブッダの弟子アングリマーラの話…死刑制度について | アジアのお坊さん 番外編

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 日本では国民の死刑支持率が高いという。仏教的にはたとえ凶悪な殺人者の死刑であれ、他人の命を奪うことは許されないはずだが、じゃあ愛する人を殺されてもそんな呑気なことを言っていられるのかと、死刑賛成論者は言うだろう。

 死刑の是非を問う議論を聞くと、いつもアングリマーラの話を思い出す。人を殺してその指を切り取り首飾りにしていたアングリマーラはブッダに出会って悔い改め、ブッダの弟子となったが、人々はなおその悪行を憎み、彼に石を投げつけたという。

 ブッダの直弟子たちの言葉を収めた経典「テーラーガーター(長老偈)」の現代語訳である「仏弟子の告白」(岩波文庫)171頁に長老となったアングリマーラ自身の言葉が伝えられている。以前は血に染まっていた自分から迷いの生存の原因となる物はすべて消滅したと説くこの文章を読めば、アングリマーラが人々の非難に耐えて、遂に悟りを開いた過程を垣間見る気がする。

 では、ここで質問です。あなたの愛する人が、昔アングリマーラに殺されているとする。さて、今やブッダの弟子となり、悟りを開いた長老アングリマーラに出会った時、あなたは死刑を望みますか?

※2009年2月10日付ブログ「再びアングリマーラの話」もご覧ください!!