アジアの妖怪 ① | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

 ブッダガヤの日本寺附属の幼稚園に日本語の絵本があり、空想上の生き物をヒンディー語で何と言うか教えてもらったことがある。

「鬼」…「ラクチャス」。サンスクリット語でラクシャーサ、漢訳では羅刹。
「天女」…「アプサラ」。サンスクリットではアプサラス、割と日本でも知られている言葉。
「竜」…「ナーグ」。サンスクリットではナーガ、漢訳仏典では「龍」。インド神話では本来、蛇、もしくは蛇型の精霊を指す。
「幽霊、お化け」…「ブートゥ」。サンスクリットではブータ。
 仏典や「インド神話伝説辞典」(東京堂出版)でおなじみの言葉が、日常語で使われていることに感動したものだ。

 次はタイの場合。

 インドの叙事詩「ラーマーヤナ」がタイでは「ラーマキエン」として親しまれていることは有名だ。
 「ヤック」はサンスクリットのヤクシャ、漢訳では「夜叉」。ヤックは王宮寺院ワット・プラケオの門番としても有名。
 「ハヌマン」はラーマ王子を助ける猿王。孫悟空のモデル、と単純に説明されたりするが、詳しくは中野美代子氏の諸作を参照のこと。
 ハヌマンはタイを舞台にした「ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団」という映画でウルトラマンとも共演しているが、その後円谷プロが著作権問題に巻き込まれる端緒にもなった。

 妖怪ではないが、タイのお寺にも「布袋さん」がいる。中華系の人は布袋さんを弥勒菩薩として拝んでいるが、タイやインドでは普通に置物としてもよく見かける。中国製品が多いな、ぐらいに思っていたので、スコタイの博物館でスコタイ王朝時代の布袋さんを見た時には驚いたものだ。

 石井米雄氏は「タイ仏教入門」(めこん)の中で、タイの祠に祀られている精霊「ピー」を、「カミ」と訳してはどうかと提案している。人類学的、アニミズム的な意味で、カタカナ書きの「カミ」とする感覚はよくわかるが、ピーはお化けや幽霊をも指すので、両方を表す日本語としては、「霊」のほうが良いと思う。

 夫が旅に出て帰って来たら、迎えた嫁は、実は既に死んでいた妻の幽霊だった。これは「メーナーク・プラカノン」と呼ばれるタイでは最も有名なピー話で、「タイ現代情報事典」「タイ現代カルチャー情報事典」(ゑゐ文社)にも紹介されており、私もタイ人から聞いたことがある。「ナンナーク」という映画になって日本でも公開された。タイ人は実話と思っているようだが、実は上田秋成の「雨月物語」中の一篇、「浅茅が宿」と同系の話で、日本の中世の説話集にも同じ話があり、元ネタは中国だ。ただし私が読んだことがないだけで、このあたりの事情について書いた本が、既にあるかも知れない。

※その後、2009年6月に「怪奇映画天国アジア」(四方田犬彦・白水社)が発行されました。原話の出典や由来地の事情、この話の映画化の歴史などが詳しく紹介してあります。