坊主小咄…坊主惑星 | アジアのお坊さん 番外編

アジアのお坊さん 番外編

旅とアジアと仏教の三題噺

 坊主惑星モナストリーの地表には百のドームがあって、ぎらぎらした恒星の光を浴びながら、白く澄んで輝いていた。元来は瞑想修行用にプロの坊さんたちが、地球上のどこよりも静寂に恵まれた土地を求めてついに見つけた聖地、純然たる僧院(モナストリー)であったらしいのだが、近年修行僧として生涯を送る人が減少し、このたび一般人にも門戸を開放したのであった。
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 さて百のドームは満杯だった。一つのドームには一人ずつの住人がいて、僧侶でない男性は殿と呼ばれ、女性は姫と呼ばれていた。彼らは以前、地球上のあちこちを旅してアジアで瞑想修行を体験し、庵(クティ)と呼ばれる一人用の小屋を建てていたが、いかに瞑想に適したアジアの地とは言え、やはり外界と接触する煩わしさから免れてはいないから、ひとたび坊主惑星が入植を募集したと知るや、競って押し寄せたのであった。
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 ところが新来の男性修行者の中に一人の危険人物がいた。彼は瞑想修行には坊主惑星ですら完全ではないと考えた。煩悩を断ち切るためには外界との接触は少なければ少ないほど良い。いっそこの星に自分一人ならどれほど執着が減ることか。男性は他の住人たちに銃を突きつけ直ちにこの星を立ち去るように脅かした。悪人が坊主惑星に住みたがるわけがないと思われていたため、この惑星には入植時の持ち物検査などなかった。人間は元来悪人でも善人でもないが故に悪にも善にもなり得るのだ。にも関わらず、この星に悪が発生する余地がないとして防御策を施していなかったのは明らかに僧職組合(サンガ)側の手落ちであった。入植の歴史始まって以来の危機である。
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 そこで組合の長老は提案した。百のドームをカードに見立てて、百枚のカードの内、坊主のカードが15枚、姫のカードが20枚、殿のカードが65枚、殿のカードを引いたら自分の物になるが、坊主のカードを引いたら持ち札を全て返さなければならない。姫のカードを引いたら場のカードが全て自分の物になる。さあ、百のドームの扉を開いて坊主めくりをやらないか。もしもゲームに勝ったなら、君の要求を呑もうではないか。それを聞くとやはり男も根っからの悪人ではなかったものか、素直に提案を受け入れた。
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 さて、その結果はと言えば、開けても開けても扉の中は坊主ばかり、一つの扉から尼さんが出てきた時、男はやっと気がついた。住人はいつの間にか、みな出家していたのだ。これだけ外界から遮断されていても、それ以上に性別や髪や服装といった些細なことまでが煩わしくなって、全員自発的に出家したという。例の男は外界との接触を避けすぎて、皆の動向を知らなかったのだ。カードが全部坊主なら、どうあがいても男に勝ち目はない。
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 で、結局のところ、人格を高めもせずに瞑想修行などしても本末転倒であると気づいた男は悔い改め、頭を丸めることにした。かくして坊主惑星はまたしても、百のドームに百人の僧侶が住む稀有な惑星として、新たな歴史を刻むこととなった。
                          おしまい。                                                    「托鉢宇宙船」に続く。