それは例えていうと、写真のネガとポジのようなものです。わたしたちは通常、ポジと呼ばれる
映像を目の当たりにしながら、それに反応したり、いいとか悪いとか判断し、ジャッジしたり
しますが、全ての事象にはネガが存在します。
この「ネガ」が意識です。
白黒が反転した「ネガ」があって初めて、写真が出来上がるように、意識があってはじめて
「ポジ」この現実世界が生まれています。
多くの人はそれを知らずに(または信じることができずに)意識なんか現実に起こることと
無関係だよ、と思っています。
私もそう思っていました。
悟りとか、引き寄せとか、スピリチュアルとか、それらはなんとなく理解できる。
でもあくまで「なんとなく」つまり薄らぼんやりわかる、程度の話で、いざ
現実にあれこれ厄介な出来事が持ち上がってくると、たちまち「ネガ」の存在を忘れてしまう。
意識を整えようとは全くせずに、目の前の現実をどうにかしようとあれこれ奔走するんです。
寸時も止むことのない、怒涛のような思考は全てエゴに乗っ取られ、それに気づく暇もありません。
そして無駄に悪あがきを続けた挙句、ほとほと疲れ果て、あるいは怒り狂って
「現実なんてク○だ」
とか叫びながら、映画の主人公みたいに犯罪でも犯してやろうか、なんて考えたりするんです。
・・・ここまでドラマチックでないにしろ、みんな似たような思考を山ほど抱えて眠りにつき、
そして目が覚めると同時に昨日の続きをやり始めます。
自分でどうにかしようと思っても止まりません。絶対に止められません。
現実はしつこく追いかけてきて、似たような問題を作り出し、次から次へひっきりなしに
私たちを翻弄しようとします。それから逃れる方法が、いったいあるんでしょうか?
・・・あります。
それが「悟ること」です。と、言ったら大勢の人から嘲笑されるか、罵倒されるか、
良くても相手にされないと思います。
けれどそれでも、これは真実なんです。
問題の解決法は「ネガ」つまり意識、ここにしか存在しません。
ここがエゴに乗っ取られていること。それが問題の発生源なので、何はともあれひとまず、
エレベーター呼吸でも繰り返し、ホ・オポノポノを唱えながらコーヒーでも飲んでみましょう。
そして肝に銘じてみます。
私は安全、安心の世界にいる。
なぜならこの世界には私しか存在しない。
問題と見えるもの、敵と見える人物は全て私自身である。
自分で自分を傷つけるような真似はもうやめよう。
大丈夫。きっとうまくいく。
初めはすごく難しい、と思えるこの感じ方も、慣れればそれが当たり前になってきます。
そして突然、舞台が反転するように、意識の覚醒が起こるのです。
嘘だと思うならまずやってみてください😊
人生の厄介ごとは全て、実は悟るための必要事項だったりするんです。