一人に一宇宙、とはどういうことか?と言いますと、
私たちは皆、それぞれ異なった世界に生きている、ということです。
当たり前といえば当たり前ですが、例えばそれぞれに起きることは同じでも、
個人の立ち位置や思想、思惑や意識によって、受け止め方は違いますよね。
私は株をやるんですが、買い玉を持っていて暴落すると大打撃です。
世の中真っ暗になって、先行きが暗く思えてろくなことはありません。
しかし同じ大暴落でも、空売りしてればどうでしょう?
全世界が阿鼻叫喚、自◯者続出で恐ろしい事態の中でも、大儲けできて笑っていられるのです。
これはあまり、良い例とは思えませんが、出来事の中に見出せる
「それぞれに違う宇宙(世界)が展開しているな」と、はっきりわかる例の一つだと思います。
同じことは勝ち負けのゲームならスポーツでも将棋でも、何にでも当てはまります。
究極的に、これは戦争の縮図なのです。
ウィンウィンのゲームでない限り、勝者と敗者は真逆の反応をしますので。
覚醒した意識は、これとは別次元にいます。
勝者も敗者もまるっと自分自身ですので、例え遊びでゲームに参加したとて
勝っても負けても基本あまり悔しがらないし、喜びません。
それでは生きていてつまらないではないかと思われるでしょうが、
これこそが自分=宇宙(世界)という意識ですので、ゲームに勝つことを幸福の基盤と
しないんです。
では覚醒した意識における幸福とはなんでしょう?
それはごくごく、単純で、誰にでも到達できて、誰でも手に入れることのできるものです。
つまり愛に取り巻かれた世界にいることです。
いやそれ一番、難しいでしょう、などとおっしゃりたい方もいるでしょう。
しかし愛とは、何も人間同士にだけあるものではなく、それは自分の身体に対する愛も
含まれます。
というより、これがなければ資産が何千億あっても幸福にはなれないし、同じく
絶世の美女やイケメンと連れ添っても幸福ではありません。
自分の身体を愛するとは、「今現在」の自分の感覚を愛して、大切にすることでもあります。
ご自分の体調に、不穏なことはありませんか?
病院に行くほどでもなく、でもなんか調子が悪いな、と感じたら、心を落ち着けて
その部分に「愛を送りましょう」
そんな暇ねえよ、などと言ってはいけません。
不調なのはその部分が愛を欲している、つまりは大事にして欲しい、とメッセージを
送っているサインなので、決して無視せず一瞬でもいいので「ありがとう」と
声をかけてください。
ありがとう。いつも働いてくれて。感謝してるよ。
それだけで、不思議なことに不調は治ってきたりするものです。