この1年間、コンサルタントとしての全てを駆け、丹念に育ててきた企てがあった。

その遅々とした歩みは農業を思わせるものがあり、いつしか農業に喩えながらその全体像を捉えるようになった。恵みの雨もあれば、唸る嵐もあった。雑草とりに骨を折ることもあれば、待つ以外何もできないもどかしさもあった。全ての業に通底するものを感じ、戦い、そして味わい尽くしたころ、穂が垂れた。思えばそこが最も甘美な時間であった。

手塩にかけたその果実は、僕のものにならなかった。誰が育てたか、ではなく、誰が最も強いのか、が持ち主を決めた。それは当然のことで、備えは十分にしていた。だが、捨て身の敵は、ひどく強かった。

僕には、甘美な陶酔の跡だけが残った。何もないほうがずっと楽だった。

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残念ながら、僕は雇われの身だ。切り替えて次の田畑を育てろ、とすぐに社命が下る。

切り替える。何と簡単そうに聞こえるフレーズだろう。得意な人なら1秒すらも要さないのではないかと思う。だが僕は苦手だ。切り替えが早いことを望むなら、深入りも同時にしないことを許容してもらうしかない。でも、それは更に、僕にはできない。

常に仕事がある。実に素晴らしいことだと理解する。理解している。理解しているはずだ。

僕のビジョンが変わり始めた。いや、深層心理に従ってビジョンを描きなおし始めた、と言うべきか。僕が汗を流した農地は、これ以上ない触媒となっている。