Twitterでいい加減なつぶやきを重ねていたこともあり、単なる筆不精とは比べ物にならないほどのブランクを産んでしまった。不本意にも、と書き足そうと思ったが、その一言はあまり思いと適合しなかった。

酒が相変わらず旨い。本質的な味を超えて旨いのだ。

先日の友人の結婚式で親族に杜氏の方がいらっしゃり、引き出物としていただいた日本酒が至極旨く、間を見つけてはちょびちょびとして、しっかり泥酔して眠っている。

最近、泥酔しないで眠ると、仕事のこと、特にクライアントが夢に出てくるようになった。同業者の中では指折りの長時間睡眠者であると自負しているが、せっかくの長時間睡眠も寝た気にならないでは仕方がない。とはいえ、夢でのクライアントは現実とは若干違うことを言うし、夢での僕も現実とは若干違うことを言う。物事を別の側面からみている、というとスマートに聞こえすぎるが、まぁそんな感じで、なかなか悪くない。

とはいえ、クライアント様といえど欠席願いたいことだってある。つまり、酒が旨い。

ところがゴールデンウィークに入ると、泥酔していないにもかかわらず夢の種類が変わった。過去の極めて克明な記憶が一層の色彩を帯びて蘇り、若干自分に都合のいいように補正されたものを立て続けに見るようになった。走馬灯の一環かと思うくらい、日々時代を変えてくる。幾許かほくそ笑みながら夢を見ていた自分に朝気付くというのは必ずしも心地よい朝ではないが、精神衛生を高める夢であることは疑いないと思っている。

夢判断などは必ずしも信頼がおけるものではないと思っているが、精神状態が夢に何らかの作用を及ぼすことはどうやら正しいらしい。

とにかくプロジェクトを成功させたくて成功させたくて成功させたくて仕方がないと思い続けてきた結果、僕の頭はどうやら完全にとある一色に染められていたらしい。仕事が一段落してゴールデンウィークに入って、自分でも制御できないくらい頭が安息の時間を追い求めた結果、夢も現も同様に切り替えを行いきれたらしい。

ゴールデンウィークという制度および習慣に助けられたようだ。既に充分意義あるゴールデンウィークだった。
経済小説、というジャンルの定義はよく知らないが、「ハゲタカ」以来この手の小説に比較的興味を持つようになった。しかし今回はちょっと残念だ。前半に、これが伏線か?と思われるハラハラ感があっただけに後半の少し流したような内容が悔やまれる。

バイアウト―企業買収 (文春文庫 こ)/幸田 真音


上辺だけの知識を持った学生というのは、入社後に採った側も採られた側も幸せになりにくい。それを的確に判断して落とすのが面接官としての仕事なのだが、こういう本が巷に溢れると非常に厄介である。。もはや「地頭」を見るためには変化球も必要だ。

戦略コンサルティング・ファームの面接試験―難関突破のための傾向と対策/マーク・コゼンティーノ


著者が猛烈なペースで書く人だと予め知っているからかもしれないが、中弛みや「これいらないだろ」という部分がやたらと目につく。100ページくらいのダイジェスト版だったらかなり面白い部類に入る作品と思う。基本的な筋はすぐれている。

イノセント・ゲリラの祝祭 (上) (宝島社文庫 C か 1-7)/海堂 尊


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どちらかというと、今はインプットに力を入れている時期で、本を手に取る機会が多い。最近の腐った腕から書かれる文章に辟易しているというのがその動機なので、何とか良質なインプットを蓄え、せめてインとアウトを早く五分五分に持っていきたい。ちなみに、アウトのハードルを下げる意味で、ツイッター、バズ(Google)なども勉強中だ。
今年は寒くて仕方がない。30を控えた体力の衰えのようにも感じられる。

そういえば今年で30だ。今のペースを維持する前提で、残りの人生が50年少々としたときにできることを考えると、その少なさに愕然とする。読める本の数、喰らえる飯の数(量も種類も)、会える人の数。何とか2万日を確保する前提としても、1日1冊であと2万冊、食事は朝昼晩であと6万回。とんかつだけでもあと1000回は食べたいぞ。満足できるだろうか。

欲は尽きることを知らない。できるならば、最高の2万冊、6万食、ひいては最高の2万日を過ごしたいと思うのは当然だと思う。

とはいえ、最高の2万日でなくても、最後に幸せと思えるならまぁいいか、と思えるようになっているのはこれまでの29年少々のおかげである。最高の日々だったかどうかは知らないが、今はまぁ幸せなようだ。そして、最高の日々を過ごすことと幸せとは、あまり関係がなかったと知る。

という形で、改めて読み、今の自分に照らして類推解釈をしてみた。

それにしても、昇進祝いにこの本をくれた後輩の真意はどこにあったのだろう?

3つの真実 人生を変える“愛と幸せと豊かさの秘密”/野口嘉則