お前ら、そんなんでいいのか!
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学校って何だ?

 今日は学校の存在価値について一言、言わしてもらう。

そもそも学校とは優秀な国民を養成し、国家の繁栄に寄与する施設であり、教育の充実は将来を約束するものである。従って、9年間の教育期間を保障されている我が国は教育に対して大変熱心で、他国より優秀な国民を養成しているといえる。


 その国の教育レベルを評価するものに識字率というものがある。無論、日本は世界一の識字率を誇る。ちなにみ第2次大戦直後、アメリカが日本の教育レベルを調査したが、自国を遥かに上まわる識字率に衝撃を受けたという。


 確かに日本の教育レベルは高い水準であるといえる。しかし今の教育体制は進化した現代に立ち遅れている感がある。

 まず年齢による進級制度である。学力は人それぞれであり、その人の能力に合った学年に進級できてもよいと思う。飛び級である。逆に必要な学力を身につけれられなかった人には、そのレベルに達するまで義務教育期間を延長する。私は留年は恥ずかしいとは思わない。知識のない大人になったほうがもっと恥ずかしい。落ちこぼれを作ってはならない。

 ひとりひとりが大切な国民である。その国民をその国民のスピード以外のスピードで学習させると天才が生まれない。そして落ちこぼれが生まれる。


 次に教育者の資質である。今の教育者は何の為に教師になったのか。優秀な国民を育成しようという高い志を持っているのか?公務員だから、子供が好きだから、そんな考えでいるから学習のウエイトが学校から塾へ移行していく。塾の講師が真剣にひとりひとりに向き合うから保護者は塾に行かせようとする。塾の方が質の良い学習をするから学校の存在価値が薄れる。

 大昔の教師には博識があり、尊厳があり、体罰もあったが、何よりも教師に対して絶大な信頼があった。

 信頼されない教師ばかりではないが、一部の不心得者のせいで教師の地位は地に堕ちた。軽い気持ちで教育者にはさせてはいけない。その教師がひとりの人生を決めてしまう可能性があるのだ。

 現役の教師よ、襟を正せ。ジャージなんかで教壇に立つな。お前たちは生徒の友達ではない。その子に知識を与え、人の道を説く者である。へらへらしてるからナメられる。授業が成り立たない。


 今日は学校について話したが、まだ言いい足りない。が、また次の機会にするとしよう。


 

靖国神社

 日中会談がキャンセルになった。理由は靖国神社の認識の相違らしい。

は?中国の指導部たちさん、あんたらのご都合主義に感服だ。


 靖国には戦犯も祀ってあるが、名も知らない多くの国民が靖国に魂を置いて戦地へ赴いた。

日本の将来に命を賭して散っていった幾多の英霊に、深い哀悼と畏敬の念、そして不戦の誓い。

国家元首が靖国に参拝して何の問題があるのか。むしろ当然の行為に思えて仕方ない。


 悲惨で、間違った戦争であれ、祖国の為に、家族の為に戦ったご先祖様を否定されたらムカつくだろ。


 すぐカッとなる中国人よ、少し冷静に考えてくれ。歴史認識はその国々で違って当然。

中国政府が自分のご先祖様を殺した日本を、敵視した教育をして当たり前とは思わんか?


 双方が歩み寄るにはお互いの歴史、思想を認め、私情を捨て、大儀の為に政を治める。

今日の拙者の噺はこれくらいにしておこう。