先週松山に出掛けたのですが、丸一日時間があったので、松山城~坂の雲の上ミュージアム~道後温泉~子規記念館のコースで回ってきました。

 

まず松山城で感じたことは熊本城と基本的に似ているということです。熊本城は江戸時代を通じて、明治初期の西南戦争まで、対島津家の要塞であったわけですが、松山城もひょっとすると対毛利家の要塞という意味合いがあったのやもしれません。

 

対毛利家としては姫路城や明石城があると思うのですが、四国の海上から毛利を制するために親藩の松平家を高松と松山に置いた可能性を感じました。

 

熊本も松山も築城は秀吉の7本槍の加藤清正と加藤嘉明ですが、完成を待たずに他国へ配置換えにされています。家光は始めから彼ら武断派を残しておくつもりは無かったであろうことは明らかなのですが、どうにもこの当たりの言説は弱いように思います。

 

平成の世になっても、未だに徳川家に対して気を遣っている部分があるのかも知れませんが、広島城の福島正則はじめ、もう少し家光の行った大名つぶしは明確にしておいた方が良いように、松山城で考えました。

 

 

 

ブログ更新、かなり久々となってしまいました(目標は月一回の更新に後退です・・)。

 

備忘録として最近読んだマンガ「キングダム」について、少し書いておきます。

ヤングジャンプに連載され10年を超えるものですが、2週間ほどかけて全巻読破しました。主人公は始皇帝と大将軍を目指す下僕出身の若者の二人ですが、「ワンピース」+「蒼天航路」+「影武者徳川家康」を3で割ったような作品で、かなりレベルの高いものでした。

 

作品のテーマである「中華統一」という概念は始皇帝以前には無く、というか常に中国というエリアは、その統一に大きなエネルギーと「皇帝」という装置が必要なのだろうと感じます。

 

文化大革命から50周年になる今年、「中華統一」というエネルギーの分析は日本人にとって大切な作業であるとも感じました。

 

 

一昨日、宮城県の石巻へ委員会視察で行かせていただいたのですが、感じたことを書いておきたいと思います。

 

まず第一印象は私たち鳴門・瀬戸内の人間から比較すると風土があまりに違うということです。この時期は、鳴門の最低気温が宮城県の日中の温度なので、体感としてかなり寒いということも一因ですが、上手く言語化できない「風土の違い」を東北に行くたび感じます。

 

白河の関を越えると芭蕉ではないのですが、やはり文化圏がまったく違うように感じます。東日本と西日本の境界線は糸魚川ー静岡構造線のフォッサマグナではなく、白河の関にあるように東北新幹線に乗るたびに感じます。

 

石巻の事前知識として読んだのが、司馬遼太郎の「街道を行く・石巻」と小林よしのりの「国防論」の2冊ですが、両者に共通していたのが、石巻の「日和山」に登っていることだったので、私も早朝ホテルから3キロくらいのところだったので登ってみました。日和山にはNHKの定点カメラが置かれており、津波の際の映像でみた景色だったので自分の目でも確認しておきたかったのですが、表面上復旧はだいぶ進んでいるかのように見えました。

 

おそらく復興の課題は、インフラ等ではなく精神的・経済的な課題へとシフトしているのだろうと思います。いずれにせよ今回の視察から感じたことをベースに、南海トラフ地震への対応を考えていかねばと考えています。

 

 

本日、連日開催であったH27年度の決算の認定に関する分科会審議が終わりました。


私なりに感じたことを少し述べると、


①生活保護費については、芸人さんの事件以来かなりネガティブな印象が強くなっていますが、その内実は半分以上が医療費だということ。生活費や居住費は半分以下であるということは決算書を詳細に見ないとなかなか気付きません。仮に生活保護費の削減を目指すなら、生活保護世帯の健康政策に対する抜本的な改革が必要です。


②批判の強い議会費についても実は、議員報酬や期末手当は議会費において半分くらいであるということ。残りは諸経費や事務局の人件費を除くと、議員共済費という引退した議員さんの年金に公費が充てられているということ。現役の議員に対する批判よりも、この制度に対する批判こそ求められるように思いました。


③ボートレース鳴門の資金について、剰余金としては38億円。大きな売り上げに目がいきがちになりますが、払戻金を控除して考えると大体営業利益は10億円くらいということ。


決算書には一年間の全ての情報が網羅されています。人は偏見があったり、嘘をつきますが、会計の数字は多くの真実を語りかけてくれます。


来週の決算認定にむけて、予算決算委員長として考えを整理していきたいと思います。



今、鳴門市議会では「議員定数等調査特別委員会」が開かれています。


鳴門市議会の定数は22名なのですが、これをどうするのか、何人が適当なのか、

ということを調査する委員会です。


まず考えられるのは、「22名は多すぎる」という意見です。ほとんどの人がそのように思うのではないでしょうか。しかし「何人が適当なのか。」という答えは、この意見からは出てきません。おそらく「半分くらいじゃ」とか、「2~3人減らしたらええんちゃうん」という意見が出るくらいだと思います。


議員定数の問題は、「議会の質」の問題だと、私は考えています。


元兵庫県議の「のむちゃん」のような議員ばかりだと、たとえ議員が5人でも「ほんなん要らんわ」となりますし、

鳴門市のために命がけで働く覚悟を持った人たちなら(例えば消防士のような人たち)なら数が多いとは言われません。


私は「質が何より大切だ」と考えています。


しかし質を確保するためには、非効率なようですが、数も必要になります。ある程度の母数を確保しないと議会の質は確実に下がります。


民主主義はもとより、非効率さを内包したシステムです。その非効率さのコストとして、常に議会は通常の市民感覚よりも多いな~と感じるくらいの人数が必要なのかもしれません。


感情論だけでは決めてはならない、と思います。