避難所にいる父を迎えに帰省しました
両親にはしばらく
関西の人になってもらいます
大阪から東京まで新幹線
東京から仙台は高速バス
仙台からふるさとまでは車
長い道のりの果てに見た光景は無残
そこにあるはずの街が
な~んにもなくなってた
あぁテレビで見ていた光景が目の前に~
衝撃ですね
建物がなさすぎて
自分がどこにいるかわからない状態
自衛隊の車両があちこちに
川では半分水に浸かりながら行方不明者の捜索も
自衛官や消防士に「ありがとう」って声を掛けると、
『任務ですから』と返ってくると父が言ってました
「そう言われたら、
それ以上何も言えないけどありがたい」と
“思い出探し隊”が瓦礫の山から探し出してくれた
アルバムや卒業証書など沢山
国道沿いや避難所に集めてあります
残念ながらわたしのは見つかんなかった~
コンクリートの基礎部分が残っていました
去年リフォームしたばかりのお風呂
うちがあったところからの景色
高台(写真右上)には家が残っているけど、
下は建物ひとつ残っていない
被災地には
まだまだ避難所暮らしの方々がいます
やはり今必要なもののひとつが
これから暮らしていくお金
全国からの温かい募金・義援金が
必要としている方々のもとへ
早く届きますように
避難所で会った町長からいただいたワッペン
“助けあいがんばろう”
町長自身も津波で家が流出・・・
そして一度津波に流されかけて
“もらった命”と言っていました
それから何か買う時、
どっちにしよー!!と迷う一方に
東北のものが候補にあったなら
その時は是非、
東北のものを選んでね!!







