どんな言葉で書こうか考えると

ずっと書けないでいたのです・・・


心配して下さった方々、

本当にありがとうございます!!

みんなの優しさで頑張れます!!



2011年3月11日

あの津波で

18年間育ててもらった実家が流され、

町全体が

瓦礫の町となりました


友達・・・

幸いみんな避難していて無事

良かったー

贅沢な救援物資をリクエストしてくるので

場合によってはきっぱりお断りしてますっ

元気な証拠!!

今日ようやく物資第一弾を発送できた!!


私の家族・・・

母は病気療養のため大阪にいて無事

父は仕事で高台にいて無事

今は避難所で班長をしています


施設にいた祖母は亡くなりました

92歳でした

きっと天国でほっとしているはずです

今日が火葬

毎日発見される遺体の数が多すぎて

いつ火葬できるかもわからない状態でしたが

たまたま空きが出たということで

遺体発見から火葬まで

そう時間を空けずに行うことができました


日程が急に決まったため

おばあちゃんに育ててもらったも同然の私が

火葬に立ち会うことができず残念です


小学校の時

そろばん教室に行く前の私に

いつも大きい味噌おにぎりを作ってくれた

毎週土曜日は決まってばあちゃんのカレー

ケチャップとソースが隠し味


ばあちゃん、ありがとね



自衛隊や消防士、

世界各地から救助に来て下さる方々、

ありがとうございます


全部瓦礫と一緒に片付けてしまえば早いのに

瓦礫の中から見つけた写真などを

別に避けてくれているそう

ありがたいです


お気に入りの小さい頃の写真・・・

私も探したいなー


空港も新幹線も再開のメドが立たず

大阪から仙台まで行くことは

容易ではなくなりました



こんな状況だけど

先が見えない不安もあるけど

元気のある人は

元気を出して行きましょう!!