今井絵里子の子供、耳聴こえなかったんだ。


大変だったね。公にするのは勇気がいった事だと思う。

楽しみに楽しみにして、初めて生まれてきた命だから、

ものすごく衝撃が大きかったと思う。

辛かっただろうけど、親が悲しんでちゃ子供は幸せになれないもんね。

強くならないと。


私も片耳が聴こえない。

23の時に、病気で、なってしまった。

それまで演劇やら音楽やらをずっとやってきた私だから、

ショックはあった。

けど、声が出なくなることを思ったら、まだ、ましかな。


片っぽだけでも音が聴こえないのって、割と不便です。

聴こえない側から話しかけられると、何言ってるかほとんど聴き取れないし、

ざわついた部屋などの会話はかなり苦手。

音の方向性がわからないので、道を歩いていると車にひかれそうになるし、

いきなり話しかけられた時は何言ってるかわかりません(サンドイッチマン風)、確実に。

大きい音が苦手。

音の厚みを感じられなくなった。

常に聴こえない耳から耳鳴りがしている。などなどなどなど。


聴こえなくなった当初は、出会う人にいちいち説明していたけど

めんどくさくなって、親しくなって必要があれば話す程度。



神様はなぜ私の耳を聴こえなくしたのか?

江原いわく”人の話をきかなかったカルマ”(笑)?

・・・それはどうだろうなぁって感じだけど、

意味があるんでしょう、多分。

多くの人が耳が聴こえる中で、私がこの病気になって耳が聴こえなくなったりなんやかんやあったのは

私の人生の中で大きな意味があるんでしょう。

ええ、受け入れましょう。

自分の中の機能が突如欠落するっていうのは、

ハタチそこそこの人間にとってみたらかなりのダメージだったけど

その時、生きるって意味を一杯考えられたし

家族のありがたさがわかったし

普通に生きられることの喜びを心から感じることができたし

プラスな事もいっぱいあったしね。


長く生きていくと今後どんどん自分の力じゃ抵抗できない辛いことがあるんだろうな。

でも、良い意味であきらめる勇気を持ちたい。

あきらめる=受け入れることだと思うから。


世の中には私よりもっと大変な障害を持った人たちがたくさんいる。

大きな障害を持った人って、やっぱり達観するんだろうなぁ、心の綺麗な人が多いですね。

私は彼らのことを思って、自分の弱さを笑う。