ドキっとする異性の仕草は? ブログネタ:ドキっとする異性の仕草は? 参加中





17時過ぎても空が明るい!
ちょっと前なら
16時半過ぎは薄暗かったのに。


いつの間にやら立春も越えて
着々と暦は進んでるんですね。





一人っ子で育ってきたせいか
人見知りも相当なもので
普段から『近寄るなオーラ』を
わりと強めに放出してるらしい。


自分では
そこまで発してる気
してなかったんだけど・・・
「最初はとても近寄りがたかった」
と言われる事が多いもので。



話したくない訳じゃないけど
それほど仲良くない人との
無言の時間がホントに苦手で、、、。


それほど話すことが無ければ
放っておいて欲しいと
思ってしまうからいけないのか
あからさまに
態度に出てるんだろうなぁ。。。



それでも
そんなのお構い無しに
絡んでくる人はいる。


こんな人の場合は2パターンあって
自分のことしか考えてない人か
単純に人懐こい人。


前者は苦手。。。

話しかけられても
「あぁ、、、絡まれた」と思って
愛想笑いで逃げる。

当たり障りない程度に受け答えして
話が途切れた瞬間に
即 逃げ出す。


相手が話したいだけなら
聞き役で楽だけど
自慢話や同意を求められたり
面倒くさい話だったり・・・
楽しい話じゃない場合が多い。



だけど後者は
放出してるオーラに気付かない か
気付いて敢えて寄ってくる。


この場合
屈託ない笑顔がステキで
誰からも好かれるんだろうなぁ
って人が多い。


多分
その表情の穏やかさに
あたしの警戒心も薄れる。



ドキッとする異性の仕草なんて
挙げ始めたらキリがないけど
勝手に築いている壁を
「そんなの見えなかったぁ」とばかりに
乗り越えて来る人に
一番ドキッとするのかも。





年上なのに
目線を一緒にして
話してくれる人。


仕事の関わり上
何かと絡むことが多かったんだけど
最初からまったく構えることなく
すんなりと馴染めたのは
屈託ない笑顔と性格のせい。


中途半端な時期に
中途半端に入社したので
同期なんていたことなくて。

もし同期がいたらこんなかな?と
そう思えるほど気を許せる人だった。


そんな風に
あたしが思ってたなんて
本人は多分
まったく分かってないだろうけど
そんな所が良かった。



仕事で会った人の結婚式に出たのは
彼のが最初だったし
会社を辞めた後も
思い出したように時々連絡するのも
彼くらいなもので。



そういや
もう既に転職していて
他会社の人になっていたのに
あたしが会社を辞める時に
送別会をしてくれた。


音楽の仕事で知り合ったからと
BillboardでCharを
観せてくれたんだった。
生で観たSmokeyは
最高にカッコよかった!!


そんなチョイスも
"らしいな″と思ったけど
でもホントは送別会名目で
自分が観たかったんでしょ?
ってのはお見通し。



頭が良くて カッコよくて
英語もペラペラで
笑顔が爽やかで
なのに話すとザンネンな人w

でも
いつも一生懸命だったから
憎めないんだなぁ。


去年の暮れもそうだけど
40歳もそろそろだろうに
クリスマスや年末年始の挨拶は
ギャル系デコメで送ってくる。


バカだぁwww


何でそんなので送ってくるのか
分かってはいるけど
それにしても・・・と毎度思う。


ここまで書いといてなんだけど
この彼は恋愛対象ではなかった。


イヤ・・・
正確に言うと
なりそうだったけど
そうなる前に
結婚前提の彼女がいるのを知ったから
友情の"スキ"に変われたんでした。


いやぁ・・・危なかったw









心ってどこにあると思う? ブログネタ:心ってどこにあると思う? 参加中





連日の寒さがウソみたいに
昨日、今日と暖かい。


昨日の夜なんて
外の空気は春先の匂いで
思わずワクワクしてしまう。


季節が変わる時期の
夜の匂いがスキ。







どこにあるのか分からないのに
人にとってはとても大切なもので
取替えがきかなくて。


脳や心臓よりも
ココロは重要だと思う。


誰ひとつとして
同じものは無いんだもの。



ずーーーーっと
ココロは心臓の辺りにあると思っていた頃
誰かが
「ココロは胸にあると思われるけど
 それを感じているのは脳だから
 ココロはここにあるのが本当なんだよ」
と頭を指差しながら話すのを聞いて
静かにショックを受けた。。。


嬉しさや 哀しさや
喜びや 怒りや・・・
それらを感じるのは脳なんだと。


当たり前のことだけど
その時に初めて気付いて
そーかぁー・・・と。




道理はわかっても
やっぱりココロは
胸にあるんじゃないかと
今でも思う。


それを一番感じるのは
切なくなったり
すごく嬉しかったり
哀しかったり
そんな時に一番反応するのは
胸の辺りだから。


思わず押さえてしまうほど
ギュッと苦しく痛くなる。


・・・うん
ココロが何かを感じた時には
やっぱり胸の辺りが
一番反応する。



いつだかTVでお医者さんが
ココロが何かを感じてキュッとなるのは
「体がストレスを感じているから」
と言ってた。



今は何でも科学で証明しちゃうから
モヤモヤして分からなかったことが
ハッキリしてスッキリ!ってことも多いけど
この場合の胸の痛みを解明されちゃうと
なんだか素っ気なくて、、、。



嬉しいのも悲しいのも
ストレスで片付けられるのは
納得がいかない。


感情って
そんなに単純なものじゃないこと
こんな話をする先生だって
知ってるはずなのに。。。







ココロを指す意味で
胸を使った言葉っていっぱいある。


ネットで知らべたら
胸宇 胸襟 胸算
胸中 胸底 胸裏
・・・・・・・・・・まだまだ。


「胸のうちは分からない」
とか、日常で普通に使うし。


やっぱり昔の人も
ココロは胸にあるんじゃないかと
思っていたんだろう。



ココロの存在を
確かめられる状況にあるというのは
時に辛いけど
感じられなくなったら
哀しいのも分かってるし


ストレスだろうがなんだろうが
いくつになっても
ココロの在り処は感じていたい。














僕が「逢いたい」と言ったら
もしも 僕がそう言っていいなら
でも 壊れてしまうの怖くて
臆病な僕はそらす目
離れれば 離れる程に
気持ちは溢れ 流れるように
逢えない夜をいくつ越えて
この気持ちは いつ 君に届ける















時々
何もかもを壊したくなる


あれもこれも


そんなこと出来ないのは
自分が一番分かってるのに


それでも
壊したらラクになれるだろうかと




時々
衝動的にそう思う














そして
こんな風に書いたこの記事も
衝動


微かな抵抗
微かな反抗



・・・くだらない主張
それは自分が一番分かってる。














嫌いなわけじゃない。


でも
"特別の時期″は
超えてしまった。



変えなくちゃいけないのに
変えられなくて

自由に飛び回るあたしは
残酷で
誠意が無くて・・・。



それなのに
誠実を求めてしまう。




消えてなくなりたいと
衝動的に思っても
本気では消えられなくて。


甘くて
ずるくて
どうしようもない。