25日の16時に成田に到着。そのまま車で西へ500㎞。その日のうちに家に到着。
休みが終わっちゃった。月曜日から仕事だ!
昔の旅行の話をします。英語が苦手でドイツ語を勉強しに、ハイデルベルクに行った私。学校が終わり、1ヶ月、ドイツ語が通じる国に旅をした。その時には、日本から、二週間会社の先輩が来た。今と違って、ネットも携帯電話も無い時代。ホテルは、現地に着いてからツーリストインフォメーションでとる。朝早く到着したら、取りあえず荷物をコインロッカーへ。ホテルの位置を確認しチェックインしたり、街をざっとみたりして確認して駅にもどる。当時は、安さよりも駅に近いとか、B&Bとか十分安かったです。情報源は本だけで、同じ行き先の列車とかに乗り合わせると、自然にどこ行くの?とか聞いたりして、旅仲間に成ったりする。その時も、西ドイツの国から、東側の国を通ってスウェーデンに行く列車。当然、東側の国はビザがいる。だから、東側を通る時は素通りだ。車窓から、東側の国を見る。林の中の踏切で、普通に戦車がこちら側を向いて、列車が通るのを待っている。西側では見ない光景だ。怖いなぁと騒いでいると、スウェーデン人の男の人が声をかけてくる。ストックホルムへ行くのかと。当時の私の中での限界は、北はストックホルムだったので、そうだと応えると、自分はストックホルムに住んでいるので案内するよ!と言ってくれる。北欧は今でも高い国だけど、当時も泊まるお金を心配して、夜行で早朝到着、夜行で出発。そんな予定だったので、彼は、家にも帰らず、そのまま私たちを案内してくれた。このストックホルムにある船のユースは有名で、ここで朝食をとった気がする。このあたりの記憶は…怪しい。王宮やら、博物館、市庁舎やガムラスタン。とても熱心に自分の国を案内してくれた。写真を撮ったり、住所を交換したりして、その後文通を続けた。
北欧人は、スタイリッシュな家具でも有名で背も高いが、ツンツンしているのかと思いきや、意外にも素朴な人が多い。そのあとも、何度か遊びに行く。次は、スウェーデン人の生活体験を… つづく
休みが終わっちゃった。月曜日から仕事だ!
昔の旅行の話をします。英語が苦手でドイツ語を勉強しに、ハイデルベルクに行った私。学校が終わり、1ヶ月、ドイツ語が通じる国に旅をした。その時には、日本から、二週間会社の先輩が来た。今と違って、ネットも携帯電話も無い時代。ホテルは、現地に着いてからツーリストインフォメーションでとる。朝早く到着したら、取りあえず荷物をコインロッカーへ。ホテルの位置を確認しチェックインしたり、街をざっとみたりして確認して駅にもどる。当時は、安さよりも駅に近いとか、B&Bとか十分安かったです。情報源は本だけで、同じ行き先の列車とかに乗り合わせると、自然にどこ行くの?とか聞いたりして、旅仲間に成ったりする。その時も、西ドイツの国から、東側の国を通ってスウェーデンに行く列車。当然、東側の国はビザがいる。だから、東側を通る時は素通りだ。車窓から、東側の国を見る。林の中の踏切で、普通に戦車がこちら側を向いて、列車が通るのを待っている。西側では見ない光景だ。怖いなぁと騒いでいると、スウェーデン人の男の人が声をかけてくる。ストックホルムへ行くのかと。当時の私の中での限界は、北はストックホルムだったので、そうだと応えると、自分はストックホルムに住んでいるので案内するよ!と言ってくれる。北欧は今でも高い国だけど、当時も泊まるお金を心配して、夜行で早朝到着、夜行で出発。そんな予定だったので、彼は、家にも帰らず、そのまま私たちを案内してくれた。このストックホルムにある船のユースは有名で、ここで朝食をとった気がする。このあたりの記憶は…怪しい。王宮やら、博物館、市庁舎やガムラスタン。とても熱心に自分の国を案内してくれた。写真を撮ったり、住所を交換したりして、その後文通を続けた。
北欧人は、スタイリッシュな家具でも有名で背も高いが、ツンツンしているのかと思いきや、意外にも素朴な人が多い。そのあとも、何度か遊びに行く。次は、スウェーデン人の生活体験を… つづく