ブログ時々、更新
本位牌を選んできた
仕事が自分も兄弟も忙しくて、なかなか父の本位牌を選びにいけなかったが、やっと土曜日に行ってきた。
カタログでだいたい検討をつけていたが、実際にいろいろ見ると、これもあれもと違う位牌が良くなってしまう。
重さや材質や塗りなどデザイン以外にも説明を聞くと、シックな黒い位牌が良くなった。
関東はシックな黒が選ばれ、関西は金が入っているのが好まれるようだ。
字も職人さんに手書きしてもらうか機械彫かを選ばなければならないが、やはり手書きの方が良かった。機械彫りはつまらない。味気ない。
まぁ、好みなんでしょうが、書道をやっていた身としては機械は選ばないかな。
二週間近く掛かるらしい。
出来上がったら、父の霊魂を仮位牌から本位牌へ移す儀をしなければならない。
お金がいくらあっても足りないな、、、
でも仏教はやらないとね。
母は神道だからそういうのがなかったけど、仏教めんどくさい。
まだまだ父のことやらないといけないことがあるわ。
社会とのつながり
後少しで退職する。
その後はアルバイトだ。
高校卒業から、ずっと働いてきた。
貧乏だったから、働かないといけないと思っていた。
今ではいろいろ待遇が良くなったが、以前はサービス残業当たり前。
初めての給料はアルバイトと同じくらい。
一人暮らしなんて夢のようだった。
当時、昼ごはんは100円の菓子パン一個
食費が一番削りやすかったからだ。
仕事も覚えることがたくさんで、勉強した。
PCも今みたいに操作が簡単ではなかった。
ずっと勉強してきた。
一旦、社会的な地位は無くなる。引き換えに自由が手に入る。
私の周りには仕事辞めたら、家でやることがないとか言う人々で溢れている。
なぜ、やることがないのだろう。
私は沢山あるのに。勉強もしたい。絵も描きたい。小説も読んだり書いたりしたい。漫画を描きたい。料理もしたい。お菓子作りたい。散歩したい。花を育てたい。
健康寿命は長くないのだ。
酒飲んでテレビ見るしかないって、お金持ちだなぁと思う。
趣味がない人は働くことで時間を潰しているんだね。
両親が亡くなって、近所付き合いというつながり、退職で社会とのつながりがなくなる。
職場のみの付き合いは終わる。
元々、仲の良い友達は職場にはいない。
歳を取ること、さまざまな付き合いとは別れ、一人で生きていく事を余儀なくされる。
親のことが今更、わかる気がする。不安だったんだろうなぁ。
若い時は知ろうともしなかった。
人間はいつの世も同じ命題をもって生きているのだろう。
