桃虎さんのブログ~徒然なるままに~ -2ページ目

看護師さんって大変

ずっと父の入院で、いろいろな病院を見てきましたが、どこも高齢者が多く、下の世話もしないといけない人が多くて大変だと思いました。


父もはじめの入院と緊急入院した病院では、動けなかったので、オムツで看護師さんにはお世話になりました。

今の病院でも初めは管が入っていたし、歩くのに不安があったので、オムツでしたが、現在は杖もなしでトイレに行けるので、紙パンツになりましたニコニコ


退院目指して、毎日リハビリを頑張っていたからだと思います。

今は次の目標、階段を登れるようになること。

そうすれば、弟の家で補助なく生活ができる。

看護師だけでなく理学療法士の方にも感謝です。


話が逸れましたが、病室外の大きなテレビがある所は、おじいさん、おばあさんでいっぱい(笑)

みんな車椅子に乗ってる。

入院した時に、テーブルが沢山あるのに、椅子が数脚しかないなぁとおもっていたのですが、車椅子だから、椅子を極限まで無くしているんだと分かりました。


認知が下がっている患者さんも多く、みんな家に帰りたい、帰らなきゃって言っていて、少しかわいそうになってしまう。


父はその点、全くボケてなく、記憶力もちゃんとあるので、反対に自分が情けなくなっちゃうらしい。

亡くなった母も全く死ぬまで認知はしっかりしていたから、うちの家系はそうなんだろうなぁと。


入院して思ったのは、痰の吸引やオムツ交換、食事の補助、体位の変更など、自宅介護している人がやっていることを看護師さんもしているなぁと。それも多くの高齢者を。


長く健康に生きられたら良いけど、やはり歳を取ると病気が出てくる。

オーバーホール出来たら良いけど(笑)部品が無い状態みたいなもんだよね。


ふと自分は何歳まで生きるかなぁなんて思ってしまう。




自分が入院!!

父の面会に行ったが、とても疲れていて、30分くらい話して、洗濯物を持って帰って、洗濯したり、夕飯作ったりして、就寝した。


夜中に腹部に激痛が走り、一人で呻きながら、楽になる姿勢がないかゴロゴロしながらしていました。

少し楽になったところで、気絶。目が覚めたら朝でした。

でも、まだ腹部が痛く、仕事には行けないと判断し、休暇をもらい、病院へ。


医師「石もあるけど、腎臓が悪いね。入院できる?」

私「出来ます。」

看護師「じゃあ、今から入院手続きを」

私「えっ!?今から?」


一旦、入院手続きをし、入院の準備をするために自宅に帰り、また、病院へ。最低限の物だけ集めた、、、、

弟に冷蔵庫の肉などを渡して、腐りそうな物は何とか、、、、、

奮発して牛肉🥩とか牛タンとか焼き豚とかあったのに、、、😭


今、絶賛入院中です。


父の着替えは弟に渡したので、何とかなる。

入院費は私が退院してからで間に合う。病院に確認済み。

自分の病院の予約はキャンセルしなきゃ。


なんかいろいろしないといけない事がある。


自分はというと、ほとんど点滴をしています。

薬も💊いっぱい飲んでます。


随分前から腎臓のあたりを触ると痛かった。今はだいぶ痛く無くなってきた。痛いのが通常になっていた。

痛いなぁと思ったら受診すれば良かった。

でも、父のことなど、忙しくて、まぁ、治るでしょと思っていた。


弟がいたから良かったか、将来、もしも自分だけになったら、、、、

大変だなぁ、、、、

としみじみ思った。

あと、弟が夏休み中で良かった、、、、







転院

急に大学病院から連絡があり、明後日、転院と言われる💦


しかも転院先に10時半に行けと、、、、


なんとか休暇をもらい、弟にも休暇を取ってもらい、朝早く、荷物をまとめに病院へ行った。

着替えやらオムツやら荷造りして、車椅子も外来のを持っていき、万全にしたが、


請求書や患者データやらが来ない😓


貰ったのは10時過ぎ、、、


どうやって半に着くと思ってんのか💢


転院先に連絡して遅くなることを告げ


急いで支払いを済ませ、荷物を載せて、車に乗せて🚗


転院先で入院手続きをし、看護師さん、お医者さんと話をして、午後2時くらいまでかかった、


いろいろ親切な対応をしてくれる看護師さんが多いから、安心


大学病院は殺伐として医療行為は良いけど、患者個人の意見は言い難い。

だから、父はさらに痩せ細ってしまった。


体重45キロ、痩せ過ぎガーン

身長173もあるのに。


看護師さんにパンが食べられるから、お粥から通常のご飯に切り替えてもらい、どれだけ体重が戻るか、、、、


今後もちゃんと家族がみてあげないとなぁと思っています。