「大人の発達障害」

そんな言葉を知るようになって5、6年になるだろうか

きっかけは1冊の本だった
読み進めていくうちに
これは私の自叙伝か!?
誰か私の生活をのぞき見している?
あまりにもストンストンと腑に落ちるので
どんどん霧が晴れて
積年の死ぬほど悩んだ自分について少し理解することができた

というわけで(詳細は割愛)
ADHD脳みその私は片づけができない

モデルルームのような整然としていて
生活用品は一体どこにあるの?
という生活にものすごくあこがれているのに
真逆の恐ろしいゴミ屋敷手前のような我が家

本当に恥ずかしくて
親兄弟すら新築直後に招いたきり
今はもう訪問禁止状態

いつも片付けようと試みているのに
右のものが左に行く程度で
ほとんど変わらない
下手すれば動かしたものがそのままどこへやったか分からなくなり
より生活しにくい状態になってしまうことも・・・

もっとすごい散らかり方をしている家はたくさんあると思うが
納得して住んでいれば問題はない
ただ私は嫌なのである
満足なんてこれっぽっちもしていない

「こんな状態では死んでも死にきれない」

そう
人間いつ突然死んでしまうかわからない
いつ死んでもいいように頑張って片付けよう
とはいえ片付けは大の苦手
なのでとりあえず片づけは少ししながらの大掃除から
発達障害と知る前は片付けないと掃除をしてもどうせ無駄になるから
そう思って立ち止まっていたが
今は脳のクセを理解しながらできる範囲で動くようにしている

これが現在の私のライフワーク


夫の不倫
今回が私と結婚してからは2度目
1回目の時は
相手が独身の若くてきれいなお嬢さんだった
夫も「好きだ好きだ」と言い
彼女も「奥さんになりたいな」と
結婚したいような様子だった

とはいえ離婚しようとするような気配は夫にはなく
黙って耐えているうちに私もなんだか私が邪魔者なのではないかと
おかしな思想になりかかり
愛し合う二人のじゃまをしている私が去らなければならないのでは?
でも私も夫が好きだし
どうしていいのかわからない・・・と思いつめ悩みながら

いつ私の心が「身を引こう(なんか変だけどね)」と決意し
この家(まだ新築後2~3年の頃)を去ることになってもいいように
後からここに住むかもしれない彼女のために
恥ずかしくないように
きれいにしておこう

そう思ってぼんやりした頭で
思いつくままその日の気の向く作業をしていた

田舎暮らしなので外構などは放ったらかし
お金もかかるので自分でやる、といって
塀から何から業者さんにはほぼやってもらっていなかったので
危なそうな箇所に手すりを付けたり塀をめぐらしたり
また、塗装の塗り直しや
ぬかるみに砂利や飛び石を置いて足元をきれいにしたり


今、また同じことをしている

どんな状況になるかはまだわからないが
「私がここに住まなくなる日」に備えて
恥ずかしくないように整えよう
そう思って日々を過ごしている

夫はちゃんと見ているようで
きれいになったり改装された場所をみては
ありがとうね、と言ってくれる
抜かりなくやさしい

前回もそうだったが
結局自分から夫や相手に正攻法での戦いを挑む勇気がない私は
我慢して自滅してくれるのを待ちながら
「やっぱり家が、妻が、一番いいや」
と思って帰ってきてくれるようにと
そういう場所をどんどん心地よくしていくという地味な方法しか戦い方を知らない

ほめてはくれても不倫は一向に収束する気配はない

そういうことで妻の地位が回復するような相手(夫)ではない
と、友人たちもお医者様も口をそろえて断言する


まだ掃除だけでもやるところはたくさんあり
片づけも全然進んでいない
これがほぼきれいになって
この家ですることがなくなった時
きっと心置きなくこことお別れすることができる

きれいになっても夫の不倫が終わっていなかったら
私がここにいる意味をもう
私は見つけられないだろう