1970年3月13日。この年のカレンダーも、同じで、金曜日でした。

13日の金曜日。不吉な日と言われ、だから、覚えているのです。


この日、18歳の私は、やっと、地獄の実家を出ることになったのです。 

綿密に考え、何も恨み言も言わず、自分で実行した「東京行き」

親は、都会に憧れて、出て行くと思っていた。

文句を言われないように、寮のあるというだけで選んだ職場。

大きな会社だったから、当日、親の交通費まで出たため、

一人でも行けるのに、継母がついてきた。


私の準備のためではなく、自分の兄弟と会えることに、はしゃいでいた。

上野に着くと、彼らが出迎え、3人で騒ぐ。なんのためにきたのやら……


出発の駅に見送りに来てくれた友人、知人。おせんべつを渡された。

それを見ていた継母は、すかさず、「いくら?」と聞いてくる。

答えると、それだけあれば、1ヶ月暮らせるでしょうと、給料日までの生活費を渡さなかった。

寮とはいっても、食事も、生活も自分持ち。無理な話だろう。

内緒で持たせてくれたお婆さんからのお金と、

親の知らない高校時代に稼いだバイト代があったから、なんとか乗り越えた。


とにかく、私たち、なさぬ仲の娘にかけるお金には、出さない人だった。

困るなんて考えないのだろう。


あの人が嫁に来てからの9年間の地獄が終わる。

意地で大学受験も、希望の仕事も諦めたが、とにかく、これから夢に向かえばいいと、

気持ちは晴々としていた。


そこを足掛かりに、お金を貯め、アパートを借り、仕事を変わる準備をしたのである。


56年前。早いものである。実家暮らしの3倍以上の月日が経ったのだ。

フッとカレンダーを見て、そんなことに気付いた。


人生の転換期。進学していたら?希望の仕事についていたら?

そして、故郷を離れていなかったら?


「たられば」を言えばキリがない。

でも、好きなあの人と会えた❗️可愛い息子にも会えた❗️

病気しながらも、この年まで頑張ってこられた❗️

そして、大変なこともいっぱいあったが、楽しいこともいっぱいあった‼️


     これが私の人生💕