1月2日、羽田で起きた飛行機事故について、
感じたことを少し話させてください。
民間機側に、1人の被害者が出なかったこと。
何よりだと思います。
あのように、窓の外に炎が見えながら、「子供を先に」などと、乗客の冷静な態度。
乗務員、外からの他社の社員たちも駆けつけての救援、救助。
あれだけの事故なのに、良かったと思います。
今、飛行機が特別の乗り物ではなくなっていることが一因でもあると思います。
50年前、実家がまだ仙台にあった頃、上野駅が嫌で羽田から、仙台に帰省していました。
その後、東北新幹線ができたが、大宮出発のため、もう結婚して神奈川住まいのため、
なお、不便になり、横浜から、バスで羽田となりました。
その後、新幹線が、上野、東京と伸びたことにより、羽田、仙台便の飛行機は廃止された。
また、仕事柄、日本中飛行機で飛び回った時期もある。
その頃、飛行機というものは、まだまだ贅沢なものであった。
乗る人たちも、大変な騒ぎであった。
ある年末、仙台から電車で山形に向かう一族郎党。
8人くらいで乗ってきた。窓際にいた私に向かって、外の景色が見たいから、席を変われと言われた。
1人なら、変わっても問題ないが、変われば、その団体の真ん中に座ることになる。
とてもじゃないがうるさくなることはわかっている。CAからも説得されて、諦めてくれた。
あまり雪が降らない仙台だが、珍しく雪が積もって、滑走路では、除雪作業が行われており、
ターミナルに近づけなく、しばらく機内で待たされた。
その団体さんたちが騒ぎ始めた。乗り換えの時間があるから、ここで降ろせと騒ぎ始めた。
ドアも開けられないし、何キロあるのだろうか?ちょっとそこまでという距離ではない。
きっと初めての飛行機だったのでしょう。
この前の事故対応を見ていて、ふっとそんなこと思い出した。