今、品川駅のホームに立つと、時代の流れを感じる。

新橋から横浜方面に電車に乗ると、左側は、草ぼうぼうの荒涼たる景色が広がり、うっすら汐の香りがした。デカものなどの撮影にも使われていた。横浜、高島町まで、同じ景色だった。1989年(平成元年)横浜市制100年を記念して、広大な埋立地において、横浜博覧会が行われた。

のちに、その地は、MM21(みなとみらい21)として、大変貌を遂げる。今も、コスモワールドは残り、世界最大が売りの観覧車🎡が今も、目を引く。

新橋、品川は、ホームに立つと海風が冷たく、目の前の景色も、ここが東京ということを忘れてしまいそうだった。どんどん埋め立てして、ビルが立ち、新しい駅までできた。

川崎は、工場の🏭煙突だらけで、駅前は、決して治安がいいとはいえない風景で、用があっていく必要がある時は、気が重いところだった。

家庭に入って、電車に乗ることも少なくなった時、何気に見た川崎駅の変わりように驚いた。綺麗で、おしゃれな街になっていた。

そして、横浜。栄えているのは西口だけで、高島屋、ジョイナスなどが、ロータリーの周りに、デパート、ホテルが揃っていた。

東口には、スカイビルがポツンとあるだけで、ほとんどの人には、用のない場所だった。

MM21の計画の一環として、東洋一を謳う「そごうデパート」ができた。1985年のことである。

オープニングセレモニーに招待されたが、お金のかかった盛大なものでした。建物にも、巨大なからくり時計や豪華なシャンデリアなど、バブルの象徴のようであった。

その後、デパートの経営不振、統廃合。いろいろあり、からくり時計も止まり、経営体制がどうなっているのかも、わからない。私たちも、行かなくなった。

昔が良かったなどというつもりはない。建物も街も大きくなってくる。デパートや、MM21地区など、歩く元気(勇気?)がない。たとえば、元町とか、銀座くらいの街なら、お店の場所もわかるし、歩ける。一度、山下公園から、「シーバス」に乗って、横浜駅まで戻ってみた。そごうの中を抜けるのに、迷子になってしまった。

あの時代の景色、想像できないでしょうね。