「変わった子」って言うのが代名詞だった

なんでも、言葉遣いやら行動やらが大人の中で育ってきたせいか、
周り以上に大人びていて、先生からは頼もしがられた存在だったけど

その反面同級生の反感というか、嫌われようは結構なものだった。
なんともとにかく「鼻につく存在」だったんだとおもう。
おかげで小学校高学年と中学1年のときの会わせて4年間ほどは
当時から問題になっていたいじめや学級崩壊を体験した

中学2、3年の2年間はとてもいいクラスと友達に恵まれたけど、
行きたい高校がどうしても見つからずに留学を決意

っていっても、親を説得するやら誰を説得するやらはなく、
自然な流れで留学することになった

小さいときから夢はたくさんあったし、特にそのときは国際人になって
外交官みたいな世界を股にかける仕事がしたかった。
政治や経済に興味があったのも、本当に小さい頃からだったし

イギリスに来たらどんどん円安ポンド高になっていって、
親が送ってくれる仕送りだけではあまりにも少なすぎたから
死活問題としてアルバイトを始めることになった

某コーヒー会社の店舗勤務の後に勤めた家具屋さんは
わたしのことをとても買ってくれて育ててくれた。
おかげでまた私は某巨大コーヒーチェーン
に戻り、次は本社の席をゲットした。正直な話し、就職難な今の時代、大学を卒業前にココまでのキャリアがあれば
当然有利だし、一番いいのは今のままの仕事をある程度までキープすることだと思う

留学には相当なお金と時間をかけてきた。
母はそれを女手一つでやってきた。
今のわたしの状況は母にとっては申し分ない子供なんだと思う。
そりゃ、勉強もしっかりして、仕事でもそれなりにいい評価が出てて、
将来仕事をする人材としてはそれなりの価値はあると思う。
だからなおさら母はわたしが大学を卒業したら一度はきちんと社会に出て
一人でとりあえず何年かは歩いてほしいと思っている。
それをわたしも分かってるから、
「彼と結婚したいの。そして、彼が仕事をしている仙台に行くつもり」
とさすがに言えないわたしがいるんだなぁ…

でも、わたしがなぜ22歳での若い結婚にこうもこだわっているのか。
それはまた明日へ続く
