昨年は、皆さんに大変お世話になり、ありがとうございました。
今年の前半は、これからのことを、じっくり考える時期にしたいと思っています。
いつも、お世話になっております。
皆様のご多幸をお祈りしています。
今年の8月の20日、豊中市にあるある派遣会社から電話がかかってきて、登録に行きました。
行く途中は駅まで歩いていったのですが、その途中の商店街で、その隣接しているマンションで、「ここにしようか」と声が聞こえました。郵便局の近くのあるバーも、また目に入りました。
そして、喫茶店でアイスコ一ヒ一を飲んだ後で、その会社に着き、登録書類を書いていると、隣りに座っている男性に目が行きました。
「これが僕だ」と声が聞こえました。
その頃は、走り回るように、あちこちの派遣会社に登録していました。
それから、その会社から、仕事が来るようになりました。
仕事の種類は様々ですが、
そこで、いろんな方がお仕事に来られていたのですが、
「これが、今の○○だ」「仲良くならなくていいのか?」などという声聞こえてきました。
引っ越しの仕事をした時に、
その行った仕事場で、後日、その○○さんの講座やセミナーが開催されているのを知りました。
その派遣会社での仕事はもうしないことに決めました。
行く途中は駅まで歩いていったのですが、その途中の商店街で、その隣接しているマンションで、「ここにしようか」と声が聞こえました。郵便局の近くのあるバーも、また目に入りました。
そして、喫茶店でアイスコ一ヒ一を飲んだ後で、その会社に着き、登録書類を書いていると、隣りに座っている男性に目が行きました。
「これが僕だ」と声が聞こえました。
その頃は、走り回るように、あちこちの派遣会社に登録していました。
それから、その会社から、仕事が来るようになりました。
仕事の種類は様々ですが、
そこで、いろんな方がお仕事に来られていたのですが、
「これが、今の○○だ」「仲良くならなくていいのか?」などという声聞こえてきました。
引っ越しの仕事をした時に、
その行った仕事場で、後日、その○○さんの講座やセミナーが開催されているのを知りました。
その派遣会社での仕事はもうしないことに決めました。
今朝は、なぜかティッシュのことが気になったので、書いてみる。
私も10年いや8年くらい前までは、いわゆる箱ティッシュをドラッグストアなどで購入していた。ここは安いとか思って少し得意気に思っていたものだ。
5箱セット198円とか。
つまり、部屋にはいつも箱ティッシュを常備していて鼻をかみたいからすぐテッシュなどと、なにかあれば、すぐテッシュを使っていた。
私の小さい頃は、ポケットにいつもポケットティッシュ、ということもなかった。いわゆるちり紙?を使っていたのだろうか?あまりポケットにちり紙を入れていた記憶はないが、トイレでは、というか、お便所では、右端に箱か籠にちり紙が置かれていた。新聞紙というほどの年齢では私はないらしい。
そんな風に紙とは付き合っていたはずなのだが、いつの間にか、前述したように、そう、いつの間にか、箱ティッシュになってしまっていた。
私は、元々、タオル好きで、今もタオルに目がない。まぁ、デザインを楽しむということもあり、コレクションもしていたりした。特にハンドタオルは価格的にも手に入れやすいため、私の近くには、色とりどりのハンドタオルたちがいる。
私は、その色とりどりのハンドタオルたちを、ときどき取り出しては眺めて楽しんでいるだけだったのだが、やっと、というか、ついにというか、取り出して使うようになった。
外出時はもちろん持参し、今はもう、部屋にいるときも使うようになった。
それはどういうことかというと、箱ティッシュをやめたからである。
エコ?
考えてみれば、そういうことなのだが、そういうことを書きたかったわけでもないと思うのだか、
うーん、なんとなく、洗って何度も使えるタオルが更に好きになっている。ということなのだろうか?
とか、書いているうちに、全く話がまとまらなくなってきたので、やめようかと思いながら、まとめようと頑張ってみるのだが、無理かもしれない。
今回は便所とかちり紙とか、昔の我が母校のトイレの映像が、浮かんだのである。
夏はとても涼しいが、冬はとても寒い便所。
男女の別もなく、ほぼ剥き出しのコンクリートのうえに便器が乗せられていた。
あのトイレには紙は常備されてはいなかったように思うのだか、実際はどうだったのだろう?
ちり紙をそのたびに持って入っていたのだろうか?
しかし、なぜ、今そんなことが気になるのだろうか?
あのトイレ付近では、色々なことがあった。
だけど、あの校舎はもうない。
私の中に、映像が残っているのみである。
私も10年いや8年くらい前までは、いわゆる箱ティッシュをドラッグストアなどで購入していた。ここは安いとか思って少し得意気に思っていたものだ。
5箱セット198円とか。
つまり、部屋にはいつも箱ティッシュを常備していて鼻をかみたいからすぐテッシュなどと、なにかあれば、すぐテッシュを使っていた。
私の小さい頃は、ポケットにいつもポケットティッシュ、ということもなかった。いわゆるちり紙?を使っていたのだろうか?あまりポケットにちり紙を入れていた記憶はないが、トイレでは、というか、お便所では、右端に箱か籠にちり紙が置かれていた。新聞紙というほどの年齢では私はないらしい。
そんな風に紙とは付き合っていたはずなのだが、いつの間にか、前述したように、そう、いつの間にか、箱ティッシュになってしまっていた。
私は、元々、タオル好きで、今もタオルに目がない。まぁ、デザインを楽しむということもあり、コレクションもしていたりした。特にハンドタオルは価格的にも手に入れやすいため、私の近くには、色とりどりのハンドタオルたちがいる。
私は、その色とりどりのハンドタオルたちを、ときどき取り出しては眺めて楽しんでいるだけだったのだが、やっと、というか、ついにというか、取り出して使うようになった。
外出時はもちろん持参し、今はもう、部屋にいるときも使うようになった。
それはどういうことかというと、箱ティッシュをやめたからである。
エコ?
考えてみれば、そういうことなのだが、そういうことを書きたかったわけでもないと思うのだか、
うーん、なんとなく、洗って何度も使えるタオルが更に好きになっている。ということなのだろうか?
とか、書いているうちに、全く話がまとまらなくなってきたので、やめようかと思いながら、まとめようと頑張ってみるのだが、無理かもしれない。
今回は便所とかちり紙とか、昔の我が母校のトイレの映像が、浮かんだのである。
夏はとても涼しいが、冬はとても寒い便所。
男女の別もなく、ほぼ剥き出しのコンクリートのうえに便器が乗せられていた。
あのトイレには紙は常備されてはいなかったように思うのだか、実際はどうだったのだろう?
ちり紙をそのたびに持って入っていたのだろうか?
しかし、なぜ、今そんなことが気になるのだろうか?
あのトイレ付近では、色々なことがあった。
だけど、あの校舎はもうない。
私の中に、映像が残っているのみである。
