「共依存」と発達障がい。
果たして共依存の要因として親と子(またはどちらか)に発達障害があるのか。いや、多分両方だと思います。発達障がいは遺伝的要因が大きいそうです。
共依存の定義を内閣府のHPで見つけました。「人間関係そのものに依存するというアディクション(addiction:嗜癖・依存症)の一つであり,正式に学術用語として定義されているわけではない、,一般には「相手との関係性に過剰に依存し,その人間関係に囚われている状態」である。
その過程では、自分らしさを失い(緒方、1996)、他者によって自分の欲望を定義されてしまう生き方になる(Giddens A)。
共依存の人は自分の抱えている問題を見ず、他者の問題に目を向けて、その処理を引き受けて自己犠牲と感じる。結果的に、自分自身も大切にしない、と書かれていました。
自分自身を大切にしないことでイライラや怒りが生じて虐待や暴言などに繋がるそうです。
発達障がいを患っている人は、自己肯定感が低いが認めたくな性格だそうです。人間関係がうまくいっていない人が多いから相談できる人も少なく孤立しがちでもあります。
弟は、子どもの時から勉強が出来ず、学校をクビになった。他の学校に入れようとしたが、受け入れてくれず、周りが言うには私がとても優秀な学生だったので「私の弟なら」、ということで私の学校に転校してきた。でも、勉強だけでクビになったわけではなく、素行が悪かったらしく先生たちは問題視した。けんかしては嫌われ、結果的に仲間はずれにされることが多かった。クビにされた日、校長先生から「あなたがたは息子さんをホワイトエンジェルだと思っていると思いますが、本当はブラックエンジェルなんですよ」と現状が見えていない両親に言った言葉がある。私は大人になって校長先生の言葉が理解できた。
その後、「大学へ行きたくない」と、言っていた弟に両親が頼み込んで大学へ行ってもらい、どうにか引っかかった公立大学へ行くことになった。でも、どうしても帰国したい気持ちが強かったため、卒業に向けて私に頼ってきて、彼の卒業論文を私が書いてあげて無事に卒業した。
就職も、私のコネを使って入った。でも、ここでも同僚や先輩たちと人間関係がうまく行かず、私は上司に呼ばれて弟のクビの宣告を母と一緒に聞いた。上司に迷惑をかけた申し訳無さと、弟がなぜこんなにうまく行かず私に泥を塗ったくやしさで私は涙した。
その後も、就職してはクビになることを繰り返した。どうにか手にしたコンサルの仕事も、自分より10も20も若い成年たちと同じエントリーレベルの扱いになって嫌な気持ちもあったし、自分の直属の上司がお局様だったことからいびられる日々を送った。ドンドン仕事を回してもらえずコンピューターを開いたままの状態でテーブルに置いて時間を稼いでいたのを思い出す。「やめてほしい」と言われて退職金を受け取って、失業保険にお世話になっていた。
しかし、年齢とともに仕事も見つかりにくく、自分で起業しようとするのだが、これも続かない。和牛のブローカー、ITワークの派遣、まぐろの卸し、不動産。いろんなことに手を出したが続かない。
当の本人は自分の問題だとは築いておらず、他者に責任転換をして、親の庇護のもとで厚かましく生活を続ける。
人との距離感が取れない、自分が周りにどのように思われているかも分からない。障がいかもしれない、って思うと、「仕方がない」ってあきらめちゃいそうです。でも、あまりにも性格が悪いので、障がいであろうがなかろうが、ひどい、としか思えません。
