前回、藤沢本町までの旅を紹介したが、今回はその先を紹介するとしよう。
本ブログは、旅に興味がない方には退屈な内容となるので、スルーしていただき、他のブログ等を楽しんでいただきたいと思います。
今回の旅の紹介は、前回藤沢本町まで旅した翌日のことである、前日歩いた疲れもあり、体が非常に重たい状態である、また足の裏には大小いくつかの「マメ」ができており結構これが痛い。
そのような状態でしたが、重い体にむち打って、東横線の始発電車で横浜まで行き、東海道線に乗り換え藤沢駅までゆき、さらに藤沢本町駅まで乗り継いだ、時間は7:00丁度くらいだったと思う、本日の強行軍の始まりである。
今回の旅は、旧街道であるが、国道1号線を歩くことが多い行程である。
昔の宿場町の名前で呼ぶと「藤沢」「平塚」「大磯」「小田原」を旅することになる、まずは最初の宿場町である「平塚」をめざし、出発。
しばしあるくと、「平塚駅」が見える所にやってきた、その後の工程を考えると、平塚駅自体は旧街道ではないので、横眼でチラミをする程度で歩き去っていった。
<近くの歴史解説の記念碑>
<平塚駅を望む>
時間的(体力的)に平塚駅には立ち寄らなかった
平塚駅を過ぎて、一路「大磯」へ向かった、田舎者の私は「大磯」と言えば 「ロングチーチ」を思い出す
年に1度、芸能人水泳大会の模様は当時純な少年であったピンク-take少年にとっても数少ないお楽しみ番組であった、あまり人気のない芸能人の方が騎馬戦で帽子(ブラジャー)の取り合いをするからであり、今でもその映像が頭に鮮明に残っている。
かなり、それた話題になってしまったが、その大磯付近は防砂林(防風林)として松が植えてあり、かなり立派である、この辺りは比較的旧道の区別が着いたが、後の工程で気づきたことであるが、旧道には必ずと言っていいほど松並木がある、迷った時は松並木を探すこと、これが旧街道を歩くポイントの一つである。
暑い中、汗びっしょりになりながら、大磯の街を歩いていく。
さらに歩いて、真ん丸お山がある所にさしかかった、そこで一旦昼食を取ることにした。
ここまで約20Kmあるいてきたので、約1時間の休憩をとった。
<高麗山:こまやま> 昔からのどかな風景だったことがうかがい知れる。
このあたりの川の水は下流にしてはきれいで独特な風情があった。
昼食&休憩後 高麗山を右手に見ながらさらに、小田原へと歩き続ける。
途中、相模湾の荒波を左手に見ながら、汗だらだらたらしながらあるいていった。
小田原の看板が出てからも目的地には中々たどり着かない状態である。
<相模湾の荒波>
やっと小田原の町中へ到着した、まだ小田原駅までは少しある。
本日のゴールとなった、小田原駅から撮った、「小田原城」の天守閣
北条氏の居城であり、あの上杉謙信率いる10万の兵でも城を落とせなかったのである。
実際のところ、今回は次の箱根越えを意識して箱根湯本まで足を伸ばしたいところであったが、連日の強行軍と容赦ない日差しに体力が限界となり、小田原駅で今回の旅は終了となった。
道に迷わなければ、33kMの工程であるが、途中で迷い道や寄り道をしているので40KM程歩いていると思われる。
※日本橋から 83KM地点である。





